Vol.24 2000



「剽窃」の理由 Aさんによる無断転載をめぐって

 あまり他人を名指しで批判することはしたくないけれど、ちょっと今日は覚え書きを兼ねてある人物について書くことにします。

 Aさんという人物についてです。

 Aさんが僕にメールを送ってきたのは1999年3月のことで、当時早稲田大学の学生だったAさんが「alt.critique」というページを立ち上げるにあたり、僕のOUTDEXのテキストを転載させて欲しいという内容でした。当時の僕は見知らぬページの管理人からテキストの提供を依頼されたりすることもたまにあったので、あまり深く考えずにOKしたわけです。Aさんのこれまでの活動なり作品なりを把握しないまま依頼を了承してしまった僕も迂闊だったと、ひどく後悔することになるのですが。

映画野郎に音楽ギャル、哲学馬鹿も全員集合!早大随一の批評グループ「オルタ・クリティーク」がついにウェブ雑誌「alt.critique」を今春始動! ただし全員弱気 !!
というのが当時の「alt.critique」のキャッチコピーでしたが、彼らの実際の活動をご存知の方はいるのでしょうか。

 そして事態はすぐに妙な展開を見せはじめます。どのテキストを転載したいのかという僕の質問には答えずに勝手に転載を始め、それを指摘すると沈黙。その点を繰り返し彼に抗議すると、「転載したページはサンプル」「ホームページ作成と就職活動が忙しかった」という主旨の言い訳が届きました。それだけならまだ許せたので穏やかに対応したのですが、やがて僕がAさんに転載を許可したテキスト以外のものまで「alt.critique」に転載されはじめたのです。唖然として彼にメールを送信しても返答は一切ありません。就職活動で忙しいといっても、メールの一通も本当に書く時間が無いとういう事態はあるのでしょうか。そこに欠落しているのは時間ではなく、人間としての最低限の誠意です。

 僕が把握できた彼のメールアドレス(これが妙に多い)すべてに苦情を送信したものの、何の応答もありません。当時存在した「alt.critique」の掲示板に連絡を求めても、やはり音沙汰はありません。「alt.critique」のメンバーリストに掲載されている人々に、Aさんの連絡先を問い合わせようかとも考えましたが、他人を巻き込むのはいかがなものかとやめてしまいました。今となっては、こういう僕の判断は「甘かった」わけで、Aさんを増長させるだけだったのですが。

 「alt.critique」のデータは複数のサーバに置かれていました。最初はaltcritique.orgというドメインが稼動準備中だったもののここはほどなく使用不能になったらしく、これも現在は消えたfreespeech.orgに置かれていました。僕はここを見て、いつまで経っても削除されない無断転載ファイルに長い間腹を立てることになります。

 その後、waseda.netjoy.ne.jpdigital-waseda.orgwasedax.comにも「alt.critique」が存在するのを発見しました。こちらからは僕のテキストはすべて削除されています。移転していたのかもしれませんが、しかし僕には連絡も無いし、当時はfreespeech.orgのデータも依然として残っていたので、僕のテキストが無断転載されている状態には何ら変わりありませんでした。それにしても、Aさんは何を考えてこれだけ同じ内容のページを置いていたのでしょうか。

 その他にもcritique.hypermart.netとかも。さらには、「alt.critique」のプロトタイプのようなものらしい「B.G.K」というのもcool.ne.jppopculture.hypermart.netにあるし、S.T.K.なんてのもあって、探すと出るわ出るわ。作り過ぎだってば。しかも作るだけ作って、どれひとつとして現在は更新されていない状態です。肥大しきった自意識が残した汚泥の山を呆然と見ている気分にさせられます。「alt.critique」が著作権フリーを謳っているのも笑止で、転載以外の自前のコンテンツなどたいしてありません。Aさんは似たようなページばかり量産して、クリエイターあるいは批評家気分だったのでしょうか。どちらにせよ、農作業のようにせっせと文章を書き続けている僕には理解に苦しむ話です。

 しかし僕もこの程度のことに時間を取っているほど暇ではなく、「alt.critique」がネット上で注目を浴びる気配もなくただ存在しているだけという雰囲気だったので、結局のところ無視していました。大事にするほどでもないだろうと、誠意の欠片も無い態度のAさんをホームページ上で批判しなかったことは、Aさんをのさばらせる結果になってしまったのかもしれませんが。

 ただ、だいぶ経った頃に僕にはある疑念が浮かびました。「alt.critique」は、think or die増田といった批評系ページのテキストの転載のみで成立していました。しかし、存在していたはずのサークルのメンバーによる批評は一本も無いのです。当初の彼は、「alt.critique」のメンバーの原稿がないことに疑問を持った僕に「そちら(メンバー)の方も、そろそろ原稿があがってくるころです」と答えていたのに。そして現在に至るまで更新もされないままです。

 つまり、「alt.critique」は他のページからのテキストの「剽窃」によって作成され、そしてAさんの就職活動の材料に利用されたのではないかと今では思えるのです。しかし、Aさんが僕らの一切のメールを無視している状況では、それをAさんに確かめる術もありません。

 僕はこの一件を考える時に頭にぼんやり浮かぶのは、「普通に訴えておけばよかった」ということです。ただ、freespeech.orgにあった「alt.critique」の無断転載データが消滅(いつ消えたかはわからないけれどたぶん最近)しているので、なかなかに手後れ。たまに思い出しては腹を立て、しかし忙しいので「まぁいいや」と忘れてしまう僕の性格にも問題があるのですが。やっぱり怒るべき時には怒らないとね。そんなわけで、久しぶりにAさんを不意に思い出してページを見て激しく腹を立て、この一連の経緯をせめてもの覚え書きとしてここに記しておくわけです。

 Aさん、お元気でしょうか。あなたのホームページには「NTT東日本社員を経て、現在は、某研究機関で調査業務・翻訳業務」とありますが、Wayback Machineのデータよると、現在のお勤め先はメディア研究団体の調査員だとか。社会人となったあなたが、メディアを語る前に自分の行動を反省し律することのできる人間になっていることを願ってやみません。今になってあなたの名を挙げて批判する理由もそこにあるのです。

 「メディア研究団体の調査員」であるあなたがインターネットというメディアでかつて何をしたか、ここに記しておきます。

追記:
 上のテキストを書いた後に、Wayback Machineに問題のfreespeech.orgにあった「alt.critique」のデータが保存されているのを発見しました。残ってたよ、証拠。

 僕が事後承諾的に転載を許可したのはかわかみじゅんこの「少女ケニア」に関するテキストのみで、他の園山二美「蠢動」・山本直樹「フラグメンツ3」・「『THE END OF EVANGELION』を観て」は完全な無断転載だったと記憶しています。

 これを見れば、少なくても2001年2月まで、つまり2年あるいはそれ以上に渡り、Aさんが僕の再三の抗議を無視して無断転載データを放置していた事実が把握できるわけです。

追記2:
 ご本人との話し合いの結果、当時インターネット上で公開されていた実名部分を「Aさん」に修正しました。

(FEB/07/02)