Vol.1 1997



「20世紀ノスタルジア」 (原将人監督)
 制作中に一旦撮影が中断し、一時期ファンの間では「もはやあの映画のことはタブーなのか?」とまで囁かれた、この広末涼子主演映画。予想外のアクシデントは、広末の2年間の変化を如実に記録することになった。顔の形が全然違うんだもんなぁ。

 原将人監督の映像感覚に慣れるのに多少時間がかかったけれど、日常のさりげない切り取り方はいい感じだった。もっとも、作品自体から映画のテーマを読み取るのは至難の技。広末という女優を得た原監督の喜びは伝わってくるのだけれど、観客へ伝えるという肝心の点が弱くなってしまったようで、ラストのセリフはいかにも唐突だった。幸福感に溢れた映画なんで、その点では気持ち良く見れたんだけれどね。

 それにしても、この映画の関連商品がまた多い。メイキング・ビデオ「インフィニティ」、CD-ROM「ノーヴァ・ステーロ」、撮影日記やらストーリー・ブックやらで書籍が3冊。まだあったかもしれないが、さすがに追いかけきれなかった。これでビデオなりLDなりが出たら、また買っちゃうんだろうなぁ、俺。



「もののけ姫」 (宮崎駿監督)
 映画館の床ってのは、こぼれたジュースやら何やらで、どこでもベタついているものらしい。「もののけ姫」を観に行った劇場もごたぶんに漏れないものだった。しかも親子連れだらけで、「おいおい、アニメ=ガキ向けって短絡思考はやめろよ〜」と言いたくもなった。その1ヶ月前に行ったワイルドブルー横浜と、客層が異常に近かったもんで。

 2時間以上に及ぶ大作なんで、集中力が持つか不安だったのだが、そこは巨匠だけあって飽きさせない。ベタなほどに盛り上げまくりだ。ストーリーの飲み込めないガキどもも、コダマが出れば大喜び。アニメとしての質も、贅沢にセルを使ったことが一目瞭然で、見ていて落着かなくなるぐらいに動きが滑らかだった。もはや比較するものがないレベルにまで達した映像美を満喫できた。

 しかし…見終わったあと、意外なほど余韻がなかったのも事実だ。いや、自然と人間文明の対立、そして一筋縄で捉えられない善と悪の複雑な混在など、間違いなく普遍性を持った作品だ。さりげなくではあるが、被差別者たちの姿まで折り込まれているのにも驚いた。物語としての完結性と、安直なカタルシスへの拒絶を併せ持ったラストのまとめ方も、感嘆してしまった。

 しかし、この映画のテーマが、今の自分にとって逼迫した問題ではないのも事実だし、また同じテーマなら「風の谷のナウシカ」のマンガ版の方が上かな?とも感じた。文化的な含蓄の豊かさでは、「もののけ姫」の方だろうけれど。



渋谷まんだらけ
 8月のある日、渋谷BEAMのレコファンで買い物をして降りると、なんと地下にまんだらけが移転していた。以前はラブホテル街の真ん中に嫌がらせのようにあったのだが、いつの間にここに移ったんだろう。引き込まれるように入ると、コンクリや天井組みが剥き出しの、いかにも急作りの内装だ。それはそれでかっこいいのだが、店内に入ると御約束のアニソン(注:アニメ関係の歌)が聞こえてきた。棚のマンガを見ながら聞くともなく聞いていたのだが、よく耳を傾けるとオリジナルの歌手ではない。誰かがカバーしたヴァージョンなのかな?と思いながら店内を歩いていたら、なんと店内のステージで歌うコスプレイヤー(注:コスプレをしている人)が視界に入ってきたのだ。しかも、客はみんな彼女に一瞥もくれていない。そこに存在しているのに、誰もいないかのような態度だ。僕もすっかり見てはいけないものを見たような気分になったものの、どうしても気になって、横目でチラチラ覗くという始末だった。

 かつて道玄坂にあった渋谷店でコスプレ店員を見た時も驚いたものだが、今回もしてやられた気分だ。だって、もはや何がなんだかわからないもん。コスプレ店員の場合は、店員をコスプレさせることによって店内の雰囲気を独自のものにしようとしたのだろうが、コスプレイヤーの生BGMは、本来は不必要なものなのだから。「必要なものを工夫して店づくり」という段階から、「店づくりのために不必要なものも導入」という段階へ、ステージ・アップしてしまったのだ。これはすごい。

 その思惑通り店内は、以前にも増して独自の空間と化してしまった。日常と非日常が混濁し、マンガの中から飛び出したような不条理が現実にある空間だ。そして、それが絶妙に気持ちいい。僕なんか、マンガを眺めながらついつい長居をしてしまうほどだ。コミケのような非日常性に溢れた昂揚感はないものの、おたくの心を癒す、適度にまったりとした非日常感がある。古川社長のほんの思いつきなのかもしれないが、まんだらけは、文化細胞として独自の進化を突き進んでいるかのようだ。

 メタでサイバーな未来は、案外こんな所から具現化しているのかもしれない。ここだけで終わるのかもしれないけれど。