ETC. Vol.6



大人になりきれない大人ためのポップス〜消えたオザケンを聴き返す
 最近ダラダラと買い集めていたら中古盤で揃えてしまったのが小沢健二のシングル。98年に出るはずだったアルバムが発売中止になって以降音沙汰も無いし、98年の初頭まで乱発されていたシングルでも聴いてみようかと買い始めたのがきっかけだ。

 「Buddy」(97年7月)と「指さえも/ダイスを転がせ」(97年9月)は4曲入りで実質的にはミニアルバム。「Buddy」は、他の曲のフレーズの引用が多かった彼が実際にサンプリングを使っているけれど、これってソロでは初めてじゃないだろうか。「指さえも/ダイスを転がせ」の中では、自分を「恥ずかしがりやでシャイ」と歌う「back to back」の臆面のなさにシビレた。シャイどころか神経を疑うほどの図太さだけど、こういう矛盾もオザケンだと許せちゃうんだよな。「ある光」(97年12月)とカップリングされた「さよならなんていえないよ」の再演は、発表から何年も経ってないのにタイトルがいきなり「美しさ」と変えられているのも彼らしい。「春にして君を想う」(98年1月)は、渋沢毅オーケストラのラッパの音が微妙な不安定さを出しているのがたまらなくいい。味わいの深さと地味さが裏表のこの曲をシングルで出した度胸は賞賛に値すると思うぞ。

 「LIFE」では、内省的かつ文学的な「犬は吠えるがキャラバンは進む」とは打って変わったアムール爆発路線に突入して面食らわせたオザケン。それに比べると「球体の奏でる音楽」はいまいち食い足りなかったけど、その前後に出ていたシングルはその穴を埋めるに充分だ。少々極端な言い方だけど、「LIFE」の躁状態から我に返ってきて地に足が着いているという印象も受ける。大人になりきれない大人ためのポップス、という言葉も浮かんだりして。

 98年1月に出た「春にして君を想う」が最新の楽曲だけど、どっちにしろ古い話ですな。そのうちファンの心配なんて気にもしてなかったという顔で平然と戻って来て欲しいところだ。

(JAN/25/99)