CD REVIEW Vol.31 (side A) JUL/1999



George Gershwin "GERSHWIN PLAYS GERSHWIN THE PIANO ROLLS" (Elektra Nonesuch)
 ピアノ1台による演奏しか収録していないCDなんて、集中力が続かなそうで普段は聴かないけれど、「GERSHWIN PLAYS GERSHWIN THE PIANO ROLLS」は聴いてて全然ダレない。このアルバムに収められた曲は全て彼自身による演奏で、大部分が1920年代の音源とは思えないほどクリアな音。ミュージカルや映画音楽などのポピュラー音楽の作曲家だと解説すると退屈そうだが、ジャズやクラッシック、大衆音楽が混合された小粋な音楽が詰まっている。音で聴く古き良きアメリカって感じで、目に浮かぶのはセピア色の風景。14分以上に及んで目まぐるしく展開していく「Rhapsody in Blue」はやはり素晴らしい。



カジヒデキ "15人の怒れる男たち" (Trattoria)
 スウェーデン絡みで語られることが多い彼だけど、音楽はけっこうブリティッシュ・ロックしてる。そろそろ食傷気味になるかと思ったけど、聞き手に色目を使わないポップスの気持ち良さがそれを救った印象だ。洒落ているようで荒々しくもあり、深謀遠慮とは無縁そうだけれど陰影が深い。ストリングスとブラスが彩る「Queen sound babbles again」は、そのサウンドと歌声のかすれ具合、そして「君が心配だ」という歌い出しが大好きだ。各曲のつながりの自然さもいい。「Lucky lves you」のイントロのドラムに大瀧詠一を見たのは幻か?



嶺川貴子 "fun 9" (POLYSTAR)
 「ファンク」と読むタイトルとは裏腹に、エレクトロであるためのエレクトロを選択したかのような独自の世界。こんなのファンクじゃないだろってぐらいだ。囁くような歌をはじめ全ては淡く幻想的だけど、それを支えるビートのアタックは強くて、そのバランスがスリリング。その一方で、アコースティックギターを弾き語りするような感覚が歌にはあるのが不思議だ。小山田圭吾がいようといまいが嶺川貴子。全体的にはトーンが平板な印象もあるのはちょい残念だった。

 デジパック仕様のケースを開けるとプラスティックのCD部分に何も無く、実は紙ジャケットの袖にCDが隠されているアイデアは秀逸。そういえば、ジャケットのデザインもビニールのパッケージに張られたシールと合わせて成立しているという凝りようなのだ。



デイジー "エベレスト" (MIDI)
 女の子5人組バンドのファースト。歌も演奏もまだまだ安定せず、そのくせ編曲では聴いてる方がヒヤヒヤするほど凝った展開を見せる。まだまだこんがらがってる印象だけれど、混沌とした魅力があるのは確かだ。通して聴くとなんか重い感じがするのは、まだ余裕がないからだろう。

 作詞作曲とボーカルを務める松田マヨは、心情と景色を描き出すのに卓越した詩人だ。どこか漂うURCっぽさも、そうした叙情性によるものかもしれない。

 アルバム中で耳を引く「赤い花」と「くちびる」が、ともに松田マヨがひとりかバンド外のミュージシャンとによる演奏なのは、ちょっとバンドの先行きを不安にさせるが、彼女の才能は確信させるに充分。2曲とも、憂いが染み出してくるようだ。



THE BETA BAND "The Beta Band" (Regal)
 こいつら頭ヘンだ。目まぐるしい展開は多動症の幼児のようで、しかも音楽的文脈を吹き飛ばす。DJ感覚というか、バンドとしての概念が崩壊しきっているというか。サントラだの子供向けの音楽だの、レコード屋の非主力商品に光を当てたセンスは、音楽に貴賎なしと語っている気がしなくもない。耳触りの悪い音満載で、「BROKEN UP A DING DONG」でまっとうなかっこよさから混沌としたリズムの氾濫へと移って行くのも手際がいいから困ったもの。しかもダウナーな展開も緻密だ。偏執狂的だがユーモアは失わず、だらしないようで男前。チャックが開けっぱなしでも気にも留めない、そんなロックだ。奇盤にして重要盤でもある。



HI-POSI "4N5" (CONTEMP RECORDS)
 このスピード感はスピードのせいだ。テクノ色の強かった初期を連想させるサウンドだが、勢いを疑わないストレートさは現在の方が上。興味にあることにしか興味のないといった様子だ。田中知之・テイトウワ・小山雄飛などをプロデューサーに迎え、打ち込み主体でポップを凝縮。田中知之によるラテン・フレーヴァーが新鮮だ。そしてこのアルバムに封じ込められた愛情を受けとめるには、よほどの勇気が必要だろう。「1℃もいったことはない」なんて歌われたら、もう男はどんな顔をすればいい?