Vol.20 (side A) AUG/1998



ROVO "PICO!" (dohb discs)
  ROVOは、勝井祐二やボアダムスの山本精一らによるバンドで、4曲入りながら40分という長尺フリークぶり。テクノ〜ドラムンベース後のオルタナって感じで、変拍子の複雑なドラムやうねるギターが突っ走る、ハードなトランス・サウンドだ。無理に合わせて踊ろうとすれば、複雑骨折は確実の不定形音楽。そこにグルーヴが浮き立つ瞬間のスリルが本作の醍醐味だ。精神性ではジャズでもある。芯は太いくて鋭く、聴いてると覚醒してきそう。



oval "doku" (markus popp)
 ドイツの音響系ユニット。曖昧模糊としたサウンドは、だだっ広い空間の真ん中に一人だけ取り残されたかのような気分に聴く者をさせる。疲れ気味の時に耳に流し込めば、低音の揺らぎが耳に心地いい。90年代前後の細野晴臣をちょっと連想したが、一音ごとの意味性はもっと純化され、限りなく無に近い。演奏というよりは交信しているかのようで、幻覚のBGMみたいな音楽。胎児が子宮の中で聴くのって、こういう音だったような気もするけど、胎教に使うには躊躇する危険さも感じる。



篠原ともえ  "MEGAPHONE SPEAKS" (KIOON)
 2枚目にしてイロモノっぽさは後退、いい意味で普通の歌を聴かせてくれる。こういうレコードを望んでいたはずなのに、いざ聴いてみると物足りない気も少しするけど、しのらんどパンクやカロゴンズみたいな企画物よりは遥かにマシだ。

 小西康陽の「メトロの娘」は、まんまピチカートに流用可能。バッファロードーターが参加した「パレイド」は、篠原自身による曲がぎこちなくてイマイチ。長谷川智樹は、新しさはないけど手堅い仕事をしてる。一番聴いたのは、少年ナイフの山野直子がプロデュースした「one peace」。ちょっと「本当の自分」とやらを求め過ぎて気負ってる部分もあるけど、等身大でいいじゃん。

 で、実はこのアルバムをかなり愛聴した。歌、上手いしね。



ホフディラン "ホフディラン" (PONY CANYON)
 一枚出すごとに初期の軽さが薄れて生真面目になっていくのは、若いアーティストによくあること。そしてホフも、怒られることを覚悟で言えば、ある種の個性と引き換えに重厚さを打ち出してきた。

 前作よりも肉体感が前面に出されているけれど、同時にあんまりにもビートルズ色が強いんでビックリ。メドレーの「HOFF DYLAN」なんて、やる過ぎなくらいだ。一部の曲の歌詞が甘口すぎるのは気になるけど、「欲望」のように胸に刺さる曲もある。「僕らが見た夢」「目覚めた時から」といったスローな曲での安定感が印象的だ。



DONAL LUNNY COOLFIN "DONAL LUNNY COOLFIN" (METRO BLUE)
 最近ソウルフラワーと共演していたアイルランドの重鎮・DONAL LUNNYのバンドが、DONAL LUNNY COOLFIN。トラッドとオリジナルの両方が収められたこのアルバムを聴いていると、フィドルって木から出来てるんだよなぁなんて当然のことを考えてしまう。そのぐらい大地に根差した深さのある音が溢れていて、曲によって垣間見せる影の濃さが印象的だ。しなやかで強靭なリズムと、フィドルやパイプが絡み合って艶に満ちた音を生み出す。その音楽は思いのほか饒舌だ。

 MART SEBESTYENがヴォーカルを務める「MOLDAVIAN TRIPTYCH」はバルカン風味で、ヨーロッパとの繋がりを表現していて興味深い。