Vol.19 (side A) JUL/1998



SOUL FLOWER WITH DONAL LUNNY BAND "marginal moon" (KIOON)
 中川敬・伊丹英子・大熊亘の渡英時や、日本のライヴなどでの、DONAL LUNNYとの共演を中心としたミニアルバム。ソウルシャリスト・エスケイプやモノノケ・サミットで演奏されていた曲も収録されている。

 両者のアイデンティティーが前面に出ているのに、一緒に音楽を奏でると意外なほど違和感が無くて、すごく懐の深い音楽が生み出されているのには驚く。浮かび上がるのは、大地や人肌の温もり、土の匂い。日本人とアイルランド人によって演奏される朝鮮民謡「アリラン」にこもった情感も納得できるコラボレーションだ。

 ここに再び収められた「満月の夕」は、大ヒットこそしなかったけれど、遠からぬ将来にアジアのスタンダード・ナンバーになる予感がする。



beastie boys "heool nasty" (Grand Royal)
 ラップとかテクノってのは、どうしてこう収録時間が長いのかねぇと、67分22トラックに身構える。でもサンプルのネタとラップが適度な粘り具合で接着されてて、前屈みになって聴かなくてもいい適度な軽さがあるんで全然平気だった。これだけ楽しめるのは、カリブ音楽とかエレクトロとかラウンジとか、サンプルの元ネタが非ロック的だってことも大きいだろう。中でも気に入ったのは、2曲目から3曲目のつなぎで流れる、ユーモラスな曲。元ネタは何なのかと気になるぐらいの、センスのいいチョイスの連続だ。

 ハードだったり虚ろになったりと忙しいけど、気の利かせ方と旬の音とグルーヴが一緒にあって、最後まで気持ちいい。



The Residents'  "Eskimo" (ESD)
 一つ目ダンディー集団の、76年から79年までに録音した音源を収録したアルバム。アザラシを捕獲に向かう(?)仰々しいオープニングからして、何をそこまでという過剰さだ。しかし、演出にしてもサウンドにしても、批評精神に満ちているのが彼らのアイデンティティー。演劇的な要素が多めで、音楽的にはややタルい部分もあるが、ロック的なフォーマットに収まる気などさらさら無いであろう一大叙情詩は、目まぐるしく展開していく。ニューエイジ音楽が露骨な嫌な顔して逃げそうなエセ・ワールドミュージック風味も、ここまでやったらもうOK。雪をも溶かしそうな業の深さだ。



サニーデイ・サービス "24時" (MIDI)
 これまた長いよ、シングル付きで82分強。ひたすらに歌であることだけを目指す歌が詰め込まれ、まさに溢れ出すといった感じだ。音楽的な新しさを求めない彼らに苛立ちを感じた頃もあったが、ルーツに素直なサウンドにしても、クサいと言われることを恐れない歌詞にしても、今はその腹を括った表現の気持ち良さを楽しんでいる。いや、楽しむといっては語弊があるな。時々胸を突つくようなフレーズが襲ってくるんだから。

 アルバムの展開も巧みで、特に後半の流れが素晴らしい。シングルに収録された「ベイビー・カム・ヒア組曲」にも揺さぶられた。

 あと、「さよなら!街の恋人たち」の「!」がいいね。



ムーンライダーズ "月面讃歌" (KIOON)
 回春剤の効き目は悪かった。使用に踏み切ったのは英断だったが、構成成分に凡庸なものが多かったのだろう。

 元の音源をプロデューサーが自由に組み替えるという手法は、結果として「悪くはないけれど、これをライダーズがやる必要も感じられない」というサウンド群を生み出した。どの曲も一定のクオリティーはクリアしているけれど、コラボレーションがもたらす化学変化は見当たらなくて、曲自体は冴えてるもの多いだけに残念極まりない。個人的に一番好きな「海辺のベンチ、鳥と夕陽」が、毒にも薬にもならないミックスが施されてると、元のライダーズ音源を出してくれ〜と言いたくなる。

 回春剤使用による、今後の自己暗示効果に期待。



喜納昌吉&チャンプルーズ "赤犬子" (COLUMBIA)
 外部プロデューサーを導入しての前作とは一転して、アルバムまるごと沖縄民謡集。以前のアルバムに収録された「ヒヤミチカ節」なども再び収録されているんだけど、アコーステック主体の編成でやってもやはりチャンプルーズっぽいノリがあることを再確認できる。情の込め方の深さとか、猥雑さとかは彼らならでは。有名曲の「てぃんさぐの花」でも特に目新しさはないんだけど、この演奏と歌の微妙な間がたまらない。もうちょい構成にメリハリが欲しかったけれど、ゆるやかで丸みを帯びたサウンドと、適度に枯れた喜納昌吉の歌は、地味だがやはり沁みる。沁みるとは、心に水と書くんだぜ。