Vol.18 (side B) JUN/1998



小島麻由美 "さよならセシル" (PONY CANYON)
 けだるさ炸裂のカッコ良さ。今回はアレンジやプロデュースも全部自分でやってるんだが、なんかとんでもない存在になってしまった。

 「夏の光」でフリージャズみたいに始まって、「ショートケーキのサンバ」みたいな小粋さを振りまきながら、「一緒に帰ろうよ」では青春恋愛模様も爽やかに歌ってみせる。スキャットさせれば日本最強だし、ブルース路線は今回も健在で「セシルカットブルース」でねっとりと迫る。イメージとしては芸達者なシャンソン歌手というところか。でもやっぱり重要なのは、オザケンの「ドアをノックするのは誰だ!?」へのアンサーソングだっていう「やられちゃった女の子」での悪意の漂わせ方だよな。

 ぼんやりとした感情から湧き立つ想いまで表現し切るコジマ、なんというか定型外の存在だ。うまくいえないけど、強い。



surgeon "balance" (TRESOR)
 ミニマル・テクノってのは、水墨画や石庭に通じる世界のような気もするんだけど、これまた渋い1枚だ。しかしミニマルと言っても、JEFF MILLSのようにビート攻めで聴く者を襲うタイプじゃなくて、全体的なビートはむしろ弱め。アルバム全体や楽曲中のドラマを重視して、ビートの繰り返しの中から湧いてくるものを掬い取るタイプのDJのようだ。覚醒を促がすタイプのビートではないけれど、サウンドコラージュのセンスや、宇宙映画のサントラ盤のような雰囲気は面白い。設計図重視派。



mono puff  "it's fun to steal" (BAR/NONE)
 THEY MIGHT BE GIANTSのJOHN FLANSBURGHを中心とした6人組バンド。THEY MIGHT BE GIANTSの前作「Factory Showroom」は、それまでのB級っぽさが影を潜めた印象でちょっと淋しかったが、実はその手の感覚はmono puffに移転していたようだ。

 本作は、エレクトロというか、確信犯的なチープさ全開。ターンテーブルがメインの曲もあれば、昔のディスコ・ソングみたいなもあったりと、曲ごとの針の振れ方が大きくて痛快だ。「creepy」はシンセ音がウネウネ鳴って気持ちいいし、「it's fun to steal」のまっとうなブラスの使い方には、基礎体力の強さを感じる。「back stabbing liar」も突き抜けていくように気持ちいい。で、ラストは朗々と歌い上げて、最後まで人を食ってるわけだ。

 1曲にひとつは技がある、大味のようで練られたサウンド。しかも力強さもあって、ポップな猥雑さがあるのが嬉しい。そんな理屈の抜きでも楽しい曲の数々なんで、THEY MIGHT BE GIANTSのファンにとっては、当然マストアイテムだ。



NEIL FINN "TRY WHISTLING THIS" (PARLOPHONE)
 Crowded Houseの頃とさして変わらないのだけれど、いいメロディーと丁寧なサウンドは相変わらず。黒主体のジャケットやスリーヴからして地味だけど、少し影を帯びた胸をかきむしるようなメロディーが詰まってて困る。「She Will Have Her Way」みたいな澄んだメロディーには、個人的にツボを突かれるんだよな。ちょっとワイルドに決めてみたりもしながら、ダウナーな曲もあり、どこか淡々とした味わいなのも魅力。晴れた日に聴くには気持ち良さそうだ。



DR JOHN "ANUTHA ZONE" (PARLOPHONE)
 冒頭の数曲は、派手さを押さえたサウンドがかえって熱さを滲ませる。一気にコーラスの入る「HELLO GOD」や、Paul WellerのうなるギターとDR JOHNの喉がタメを張る「PARTY HELLFIRE」はカッコ良すぎだ。余裕しゃくしゃくといった感じで、音と音の隙間にも、何かが詰まっていそうなマジックがある。最後の締めの曲がまたいい。渋さと華やかさが同居していると言ったら矛盾しそうだが、歌声や楽器の音の絡み合いが、太さと深さを感じさせる。ニューオリンズ汁が濃厚な1枚だ。



玉川カルテット "玉カルのアンアン小唄" (SONY)
 22年振りだという新曲は、なんと大瀧詠一のプロデュース。一瞬驚いたけれど、あのノベルティー好きのオヤジならいかにもやりそうなことだ。しかも楽曲は、例の「LET'S ONDO AGAIN」でも取り上げられていた「アンアン小唄」。山田邦子のヴァージョンもあったな。

 そして98年モードの玉カルヴァージョンは、シンセがバリバリの活きのいい音でちょっと黒い。しかも間奏の三味線ソロに続いて、「金もいらなきゃ女もいらぬ〜」という決めの文句を言ってたりで、大瀧の往年のキレっぷりも復活だ。「幸せな結末」の楽曲の良さを認めながらも保守的なサウンドが残念だった僕にとっては、大瀧のこういう芸風は大歓迎。