Vol.18 (side A) JUN/1998



MITCHELL FROOM "DOPAMINE" (Atlantic)
 TCHAD BLAKEとのプロデュース・ワークで知られるMITCHELL FROOMのソロ作。数々の名作を生み出してきた彼だけど、本作のサウンドの肌触りはLATIN PLAYBOYSに近い印象で、彼らのプロデュース作の中でもLATIN PLAYBOYSが特に好きな僕には嬉しい。あえてセンターを外して、聴き手の神経に触れてくるような、ザラザラした音だ。

 ジャジーな「THE BUNNY」でのオルガンやブラスの使い方や、「KITSUM」をはじめ、全体を覆うあからさまにインチキ臭いワールド・ミュージック風味も好きだ。こういう大粒の要素を混合するのも彼の特技。一方で、静かな「WATERY EYES」で端的なように、少ない音数で曲を引き立てる手腕は職人としての美学だろうか。

 DAVID HIDALGO・SUZANNE VEGA・SHERYL CROW・RON SEXSMITH・服部みほなどのゲストボーカルの配し方も上手くけれど、じゃぁ匿名性が強いかというと、まさにチャド&フレームの音世界だ。分裂症のような目まぐるしさで、人の頭の中で走馬灯を逆回転させて逃げ去る憎い奴。たった31分でも満足させられてしまった。



さいとうみわこ "charlie" (LITTLE EL Nino)
 全編ポエムリーディングによる7トラック入りミニアルバム。「世界はエロとエゴスの動物園」という出だしの一言で心をつかまれたが、ここに収められた詩はどれも明確なテーマを持ったものばかりだ。夏秋冬春らによる打ち込み主体のバックのサウンドは、そうした言葉との共振を重視した丁寧な作りで詩を彩る。街中で録音したテープを編集した「Underground」は面白いし、歌入りの「charlie」では艶のある歌声が楽しめる。

 アルバム後半の流れは、ドラマさえ感じさせて秀逸。声高には叫ばないけれど孤独を滲ませて、最後には言葉だけが残る。眠れない夜、あるいは目覚めの悪い朝ための、大人の詩集だ。



TRICKY  "ANGELS WITH DIRTY FACES" (ISLAND)
 TRICKYの新作は、陰鬱過ぎて聴き通すのがタルかった前作よりも遥かに肉体感が溢れている。相変わらずダウナーなんだけれど、ゴスペルみたいなコーラスが入る「broken homes」や、ヨレたようなリズムの「talk to me」など、サウンドのヴァラエティーも豊か。しかもどの曲も音が尖りまくりだ。複雑なリズムアレンジと沈み込むような曲調、密室に閉じ込めたようなミックス。それは、ただ厚塗りして派手にしたのではなく、聴覚が捉える音像を計算しながら構築したかのような音楽だ。ブレ続ける音像は、不安定さと気持ちよさを同時にもたらす。SONIC YOUTHを連想したのは、たぶん偶然じゃないだろう。本来的な意味ですごく「ロック」なアルバムだと思う。



HELEN MERRILL "HELEN MERRILL" (EmArcy)
 ジャズボーカルの名盤として名高い54年作。「YOU'D SO NICE TO COME HOME TO」で歌い出しでのHELEN MERRILLのハスキーな歌声や、「YESTERDAYS」のイントロでのCLIFFORD BROWNのトランペットはたまらないものがある。トランペットが「歌う」というのはこういう感じなのだ。「'S WONDERFUL」をはじめ、スイング感溢れるアレンジはQUINCY JONESによるもの。アルバムまるごとが、抑制と昂揚の芸術だ。



brian wilson "imagination" (GIANT)
 待望のbrian wilsonの新作は、サウンドもジャケットも、なんか安い。Joe Thomasだかなんだか知らないが、なんでこんな奴がプロデュースをやってるんだよ。なんか安手のAORみたいだ。

 でも曲は素晴らしくて、元はひとつずつの音の集合体でしかない音楽が、なぜかくも人の胸を動かすのかと考えてしまう。「Your Imagination」に胸が震えない奴を僕は信用しないね。つまりは、絶賛はできないけど、繰り返し聴いてしまいそうなレコードなのだ。

 確かに、かつて「PET SOUNDS」のサウンドを作った人のアルバムとしては淋しいものがある。もう彼はサウンドへの興味を失ってしまったのだろう。ただ幸いなのは、メロディーメイカーとしての彼はまだ健在であるということだ。聴き手は、あくまで作曲家としての彼を評価するという、ある種の選択というか割り切ることを迫られる。僕もまた、過剰に彼を神格視していたことへの決別を迫られた。

 もっとも、そんなことは聴き手の勝手な思い入れの話にすぎない。ここに収められた曲たちは、どの曲も優しくて、自分の弱さを隠さない。かつて「天才」として生み出したスリルは無いけれど、ひとりの人間としての温もりがある。それだけでいいかもしれない。



HI-POSI "GLUON" (CONTEMP RECORDS)
 時代の先を走るミュージシャンたちとのコラボレーション作「HOUSE」を経ての新作は、「かなしいことなんかじゃない」の音に戻った感触。そして、同時に駒を進めていることを感じさせる快作だ。時代の音をしっかりと吸収していているのは、一連のコラボレーション活動の成果かもしれない。

 セルフプロデュースに戻って、重心の低いこもったような音は復活。歌詞からは毒が抜けて、とても穏やかになった印象だ。でもどんな音楽要素も自分たちの世界に取り込んでしまう痛快さは健在。「tabooの限界」のレゲエにしても、「愛情のけちんぼ」のドラムンベースにしても、ハイポジらしく処理されている。特に後者は、「HOUSE」に収録された同様のリズムと聞き比べれば、消化の度合いの高さは明らかだ。

 栗コーダーカルテットが参加して賑やかな「まじめなきもち」、穏やかな「小っちゃな庭」など、日々の中の感情に起こるちょっとした波をスケッチしたような曲が数多く収められている。小品ぽい「my favorite things」も、広がるイメージは大きい。「例えばここに」を聴くときは、泣く準備をすべし。

 突出して目立つ曲が無いけれど、その分、ダレを生まないアルバム構成が光っている。ハイポジって、やっぱりどこまでもハイポジなんだと再確認させられた。