Vol.16 (side A) APR/1998



カーネーション "ムサシノep" (COLUMBIA)
 2枚組6曲入りのミニアルバム。disc 1の新曲3曲は、力こぶがデカそうな肉体派ロック。時代の先を行き過ぎていた「エレキング」や「天国と地獄」の屈折したサウンドを愛していた人間にはちょっと淋しくもあるが、直球一本槍の能無しバンドとは違うしなやかさがあるのは確か。「遠くはなれても ぼくらは自由じゃない」なんて歌詞で聴き手の胸をつかんじゃう直枝節も憎い。「ムサシノ・ブルース」の演奏は泥臭さを感じさせるけど、ズブズブまではいかないのが今のカーネーションらしさかも。むつむき加減のナイーヴさを感じさせる「サンセット・サンセット」にしても、すごく安定感がある。安定感はあるんだけどなぁ。

 disc 2は概発曲のライヴ音源3曲。「Hello,Hello」と「アイ・アム・サル」は、それぞれの楽器の音の粒が際立っていて、スリルを感じさせる演奏だ。「My Little World」の緩やかなグルーヴは、このアルバム最大の聴き所だろう。



こなかりゆ "HOKEY-DOKY" (POLYSTAR)
 ミニアルバム4作目。この人ってフルアルバム出す気ないのか?と思ってしまうが、身体から溢れる音を表現したら、自然にミニアルバムになったってことなんだろう。お約束なんてこの人には似合わない。

 今作もMarc RibotやPeter SchererといったNY勢がバックアップ。「おばあちゃんは女の子」は晴れた日に広い公園で寝転んでるような気分にさせてくれるし、AMBITIOUS LOVERSを思い起こさせる金属っぽい感触の「赤ちゃん、火星に行く」では、演奏とタメ張るこなかの歌の強靭さが印象的だ。ベース主体の薄い音をバックに歌われる「すきよ」では、かなわねぇなぁって気分にさせられる。

 常識なんてお構いなく、生きることと歌うことがイコールの関係。語義通りのフリーソウル歌姫・こなかゆり、もう姉御と呼んで慕いたいぐらいだ。



雪村いずみ "スーパージェネレーション" (COLUMBIA)
 キャラメル・ママの演奏で服部良一作品をカバーした74年作品。当然今のサウンドとは違うけれど、四半世紀近くも昔の録音にしては古臭さが驚くほどない。雪村いずみの甘くて細い歌声は、やや硬さがあって好みじゃないけれど、輪郭のはっきりしたサウンドには甘さがなくて、その点からして凡百の歌謡曲のアルバムとは違っている。

 服部克久がストリング・アレンジをしているせいか、「ミュージックフェアー」的なオーケストラの音が前面に出てる曲もあるけれど、「銀座カンカン娘」のねばっこいリズム、黒っぽく変貌した「東京ブギウギ」など、その頃の細野晴臣の趣味が出たと推測されるアレンジが光ってる。当時はどんな聴かれ方をされていたのか気になってしまった。

 多彩な音楽要素が詰め込まれた服部作品を様々なアレンジで再生していて、そうした意味でキャラメル・ママのサウンド・プロダクションは服部精神を受け継いだものといえるかもしれない。服部良一の「僕の音楽人生」が愛聴盤って人にもお勧め。



GASTR DEL SOL "CAMOUFLEUR" (DRAG CITY)
 アタマの1曲を聴いただけで痺れてしまった。音響派に分類される2人組という情報以外はほとんど知らなかったのだが、絡まるように複雑なリズムが始まった瞬間、買って正解だったと確信。音響派というと電子音を思い浮かべてしまうが、彼らの場合はそれが前面に出ていることは少なく、生っぽい音が多い。静寂な展開が続くのかと思えば、3曲目ではスーダン歌謡かエジプトのヌビア歌謡のようなアラビックなメロディーが飛び出してくる。なんとも繊細にして大胆なサウンドだ。なによりラストまで同じ調子で行くことが極端に少なくて、曲展開はキテレツなほど。しかし、奇をてらったような音を並べた「前衛」ではなく、4曲目の美しいコーラスの使い方からしても、音楽的な基礎体力や知識の引き出しの多さを感じさせる。

 何のプリントもされていないところに、一点だけ小さな赤い丸がついたCDの盤面もクールで、そして人を食っている。淡白な抽象画のようなジャケットとは裏腹に、その世界はかなりラディカル。全体のトーンは穏やかだけど、ロックなイメージのアルバムだ。