Vol.9 (side B) SEP/1997



AFRO CUBAN ALL STARS "A Toda Cuba Ie Gusta" (WORLD CIRCUIT)
 正直、カリブ音楽はあまり得意じゃない。音楽の趣味に関して得意だ不得意だというのも変だが、やはり底無しの明るさとか軽さとかは苦手なのだ。いかんせんネガティヴな性格なもんで。

 しかし、キューバのベテラン・ミュージシャンが集まって制作したこのCDは、思わずジャケ買いしてしまった。オヤジというよりもジジイという面構えのミュージシャンたちが、みんないい顔してるんだ。

 実際、音の方も哀愁濃度が高い。別に感傷的な曲をやってるわけじゃないけど、陰と陽の両方を表現する演奏の巧みさにそんなことを感じてしまった。

 グループ名のようにアフロ色を特に出してるわけではないけれど、それでもカリブへ流れ出たアフリカ音楽の痕跡も見えてくる。この辺りは、熟成されたダシの旨みが違うって感じだ。ちなみにライ・クーダーも参加している。



THE MILLENIUM "BEGIN" (SONY)
 このアルバム1枚で解散したグループ・ミレニウムの68年作。数年前海外でCD化された時から、この版画(?)のジャケットのアルバムが気になっていたのだが、今まで聴かなくて本当に大失敗だった。

 なにしろ冒頭のドラムの音を聴いただけで驚かされてしまった。30年近く前なのに、サウンドが全く古くない。そこらの無神経な打ち込みよりも遥かに新鮮だ。しかも美しいコーラス・ワークや、繊細な感覚に包まれて構築されたサウンドなど、非常にデリケートな音楽が詰め込まれている。曲もキャッチーで豊かなメロディーばかり。小品を組み合わせて流れを生み出すアルバムの構成もいい。

 また、14曲目の「アンセム」なんか聴くと、当時は前衛呼ばわりされたというのも納得できる。この辺はBEACH BOYSの「PET SOUNDS」や「SMILE」に通じるものがあるんで、その筋の音楽ファンも必聴だ。もうみんな聴いてるか。

 個人的には、ハーパース・ビザールよりも彼らの方が好み。周囲の理解を得られないまま、アルバム1作で解散を余儀なくされた不遇な運命や、グループの中心メンバーはすでに死去しているという事実も、このアルバムをより切ないものにしているみたいだ。裏ジャケの「TO BE CONTINUED」の文字が悲しい。



CAN "MONSTER MOVIE" (spoon)
 旧西ドイツのインプロヴィゼーション集団・カンの69年作。この頃はまだダモ鈴木は参加していない。 聴いて意外だったのは、彼らのサウンドは覚醒を促がすようなタイプのものではなく、むしろ自我の裂け目に沈み込んでいくようなダウナー系のものだったことだ。緊張感はあるものの、どこか倦怠感と背中合わせの長い展開は、ちょつとツラかった。

 冗漫で理屈ばったテクニック至上主義のプログレが苦手な僕には、彼らにもその影を見てしまったのだが…。気のせいなか?

 各楽器の音がいまいち浮き立たないミックスも好きになれないけど、これは時代的に仕方ないか。



HI-POSI "house" (KITTY)
 ハイポジの最大の核を表現衝動の強烈さと定義して、「身体と歌だけの関係」や「かなしいことなんかじゃない」を至上の作品とするならば、本作は決して評価できるものではないだろう。各種媒体でもりばやしみほが語っているように、彼女は現在表現衝動自体を失っているのだから。

 本作に集ったテイトウワ・小山田圭吾・川辺ヒロシ・佐々木潤・audio acitiveなどは、そうした彼女の現状をサポートするには充分な人選だったようだ。各曲の音楽的な完成度は非常に高い。ただ、アレンジャーとの死闘の末に産み出されたことを感じさせた前作までと違い、ここに収められた曲たちにはあまりエゴの匂いがしない点で、少なからぬ不満も感じてしまった。

 しかし、ならば表現衝動の強烈さがハイポジを評価する唯一の基準なのか?という問題も浮上する。東芝EMI時代のインタビューで、「伝えたいことは…何もない!」と彼女が語ったことがあった。そのすがすがしさに、僕はちょっとした感動を覚えたことを覚えている。その頃からハイポジは、純粋な音楽的な興味が反映される雑食性ユニットであり、もりばやしみほの感性の赴くままに変化するユニットだった。

 本作を聴いて感じたのは、音楽そのものを楽しんでいるもりばやしみほの指向性が、あの頃に近いのでは?ということだった。悲しいこと辛いことがあればディープな曲を産み出すし、ラヴラヴで幸せなら曲ができないってのも、とても彼女らしい。それこそが嘘のない表現を可能にするのだから。

 ハイポジは、流動するもりばやしみほの感性と、それをサポートする近藤研二の姿そのものだ。もりばやしみほに振り回されることに悦びを覚えてこそ、一人前のハイポジ・ファンともいえる。愛の下僕へ一直線だ。

 本作でのベスト・トラックは、小玉和文のトランペットが哀切に響く「最悪の日々(Little red riding hood)」。余談だが、「笑う女」には、関根勤らしき声もサンプリングされている。



bjork "homogeniuc" (One Little Indian)
 一聴してその地味な印象に驚いた。なにせ前作「POST」が、派手なサウンドがテンコ盛りだったもんで。そういう意味では、「Debut」のクールな感触に近いかもしれない。

 しかし違うのは、このスケールのでかさだ。首長族和服のジャケットがグローバル志向なら、ミクロの決死圏みたいなスリーヴはインナー志向で、アルバムの世界も、ミクロからマクロまで変幻自在に伸縮するかのようだ。しかもアルバム1枚このディープな世界とは…見事な貫徹ぶり。まいりました。

 打ち込みの音もねちっこくて好き。重心の低いサウンドを相手に、ビョークのボーカルも暴れまわる。愛に溢れているけれど、子守り歌にするのはやや危険だ。



Teenage Fanclub "Songs From Northan Britian" (Creation)
 友人いわく、「いつもと同じだから聞かなくてもいいよ」。そうは言われたものの、彼らを聴いたことの無かった僕は、とりあえず買ってみることにした。

 まず印象に残ったのは、この大英帝国音楽の王道を行くようなメロディーの良さ。この時点で、今まで聴いてなかったことを悔しがってしまった。

 しかも、特に時代を追いかけたり、小細工に頼ったりしなくても、演奏のダイナミズムと曲の良さで聴かせてしまう。こういうギター・サウンド中心のアルバムって、通して聴くと平板な印象が残ることが多いんだけど、このアルバムはすごく色彩間に溢れてる。やっぱ曲がいいのは強い。

 スリーヴに写った自然のような健やかなサウンドは、まさに「耳で聴く森林浴」という感じだ。