Vol.9 (side A) SEP/1997



Ween "The Mollusk" (ELEKTRA)
 定型に安住することなく変化し続けることは、意欲の現われとして評価されることが多い。が、いかんせんその変化の幅が大きすぎて、しかもアルバム1枚の中で音楽性が混乱気味の場合は、単なるパラノイアと後ろ指を差されてしまうんだから不条理な話だ。そういえば、かつてピチカートを「仏作って魂入れず」と評価した馬鹿な評論家もいたねぇ。彼は、現在のサンプリング文化をどう見てるんだろう?

 で、このアルバムもキャッチーでチープな曲が連発。金を多めに使った宅録派のCDみたいだ。聴き通すとその情報量の多さと散漫さ頭が疲れるが、それもまた心地いい。こういう感覚を楽しめないのって、今の時代損だと思うんだがなぁ。



COLDCUT "LET US PLAY!" (NINJA TUNE)
 以前買ったNINJA TUNEのオムニバスはあまり楽しめなかった。サンプリング・ソースが許容限界まで突っ込まれているのはいいとしても、その料理法がいまいち荒っぽい気がして、疲労感ばかりがつのってしまった。なんか芯の固い生野菜を口一杯に詰め込まれたような気分で。しかも味の濃い野菜ね。

 しかし、そのNINJA TUNEの総大将・COLDCUTは、音楽的な引き出しに見合ったサウンドの構築センスを持っている。冒頭のジャジーな展開も、意表を突いていてさすがだ。テンコ盛りのスクラッチものもあれば、アンビエント系のトラックも混在していて、押しと引きを心得た展開もいい。75分はやはり長いけど。

 余談だが、スリーヴの記述からすると彼らはエコロジー派で、これはちょっと意外だった。いや、もちろん結構なことなんだけど、イメージ的にね。



"AFRICAN TROUBADOURS : The Best of African Singer/Songwriters" (SHANACHIE)
 大学時代に良く聴いたアフリカものも、最近ではあまり聴かなくなっていた。そこでリハビリとして聴いたのが、アフリカの自作自演歌手を集めたこのCD。改めて聴くと、同じアフリカでも音の響きが様々であることを実感する。コラやンビィラなんて、音だけ聴いてたらどんな楽器か想像つかないもんな。収録地域も、カメルーンやアンゴラなどレアな地域なものから、モロッコやスーダンなどアラブ圏にまで及んでいる。全体的にはヒート・アップするような曲はなく、むしろゆったりした曲が中心。その点では物足りない気もするが、晴れた日曜の午後のBGMや、疲れきった日常からのチルアウト用には最適でしょう。



CARNATION "booby" (COLUMBIA)
 男臭いっ。ポップさが全開だった前作「GIRL FRIEND ARMY」に比べて、一転して泥臭さが全面に出てきた印象だ。もっとも、「60W」のようなユーモアが漂う曲もあって、生真面目な印象だった前作に比べて、ある面でカーネーションらしさが戻った感じもする。

 ラウドなギターが炸裂する「クエスチョンズ」や、ソウル色が強い「ドラゴン・シャフト」、そしていきなりモノラルになる「ダイアモンド・ベイ」など、サウンドも多彩。しかし、それがちぐはぐではなく、一貫してカーネーションの体臭に満ちている。しかも、まるでURCの曲のような弾き語り「なんできはぼくよりぼくのことくわしいの?」など、柔軟とり混ぜて好き勝手にやっているのも痛快だ。売れたバンドは強いなぁ。

 打ち込みやシンセの音色にはもっと気をまわしてもいいのでは?という面もあるけれど、音楽的に根無し草であること逆手に取って邁進する彼らの姿が刻まれているのがすがすがしい。



羅針盤 "らご" (GYUUNE CASSETTE)
 山本精一が参加したNOVO TONOの「夢の半周」には驚いた。ボアダムスをはじめとして、オルタナティヴなシーンで活動してきた彼が、いきなり歌心に満ちた歌を聴かせたのだから。以前雑誌のインタビューで、スピッツの「ロビンソン」が大好きだと彼が語っていて驚かされたことがあったが、考えてみればそうしたポップな音楽への興味があるのも当然というものだろう。ボアダムスやら想い出波止場やらNOVO TONOやら、あれだけ音楽の窓口が広いんだから。

 そしてこの羅針盤は、彼のポップ・ユニット。ギター・ベース・キーボード・ドラムスという普通の4ピースの編成だが、そこは歴戦の士の山本だけあって、驚くほど奥行きのある世界を生み出している。ギターの残響音に至るまで計算されていて、このサウンドの構築度はさすがだ。

 豊かなイメージを包み込む歌詞も素晴らしい。イメージの指向性は、存在や感情の起源へと向かう。スリーヴの水族館の写真は、そんな歌詞の世界と見事に合っている。

 とにかく、歌心がそこかしこに滲み出している。もちろんオルタナティヴな面が顔を出す場面もあるが、そんなスリリングさを孕みながらも、「歌う男・山本」が中心にいるのがこのアルバムだ。

 やはり山本精一は、予定調和から一番遠いミュージシャンだ。



STEREOLAB "DOTS AND LOOPS" (ELEKTRA)
 前作「EMPEROR TOMATO KETCHUP」が発売された頃に「BEAT UK」で見た彼らは、まるで全員が神経症の中学教員のようだった。あまりの病的な空気に、思わずアルバムを買う決心をしてしまったのを覚えている。

 彼らのサウンドは音響派と呼ばれているが、そうしたサウンドを差し引いても、ポップスとしての基礎体力が非常に優れている。小粋なラウンジとして、リラックスして聴けるような魅力があるのだ。管楽器やストリングスの音の使い方に、特にそれを感じる。

 しかし、リズムや音色効果、独特の音像定位を生むミックスなど、確かに聴けば聴くほどパラノイアのようなサウンドだ。デジタルな音が多くても、全体的には不思議とアナログ感があって、音の重心も意外と低い。感情移入という言葉と無縁なボーカルも、無機質で素敵だ。

 ノスタルジアと電子音が交錯するようなこのサウンドは、彼らのルーツと先鋭性が同時に表出したものだろう。疲労しきっている時にも、覚醒してる時にも楽しめるアルバムだ。神経症の中学教員にもオススメ。