Vol.8 AUG/1997



SUN RA "太陽神降臨" (KING)
 ジャズの根源を土俗に求め、やがてフリージャズによって宇宙へと旅立った司祭、それがサン・ラーだ。以前フリージャズのレーベルであるESPに興味を持った時、まず買ったのが彼の「Heliocentric Worlds Vol.2」だったが、そのCDに刻まれた音塊を僕は愛聴することができなかった。しかし、フリージャズのオムニバス盤「UNIVERSAL SONGS OF AMERICA」で再び聴いた彼の音楽は、混沌と自由と宇宙感覚に溢れていた。その曲の名は「SPACE IS THE PLACE」、演奏は20分以上に及ぶ。それからしばらく、その曲を収めたオリジナル・アルバムを求めて専門店に通った。

 このCDは、サン・ラーの56年から73年までの音源を収録した編集盤。最初は比較的普通のモダン・ジャズだったのが、次第にフリー・ジャズの混沌に突入、そして宇宙感覚の音へ…という変化を一気に確認できる。まるでロケットが宇宙へと上昇して、やがて視界から消え去っていくいくのを見ているかのようだ。

 ラスト2曲のクールさをたたえた混沌と破調が、最高に気持ちいい。



THE END OF EVANGELION「使用楽曲3曲収録シングル」 (KING)
 エヴァの音楽も、やっと作品の内容に釣り合うレベルになったと安心させてくれたのが、ここに収められた曲たちだ。「G線上のアリア」を除く2曲は、鷺巣詩郎によるもの。

 テレビ版主題歌「残酷な天使のテーゼ」や春の映画版の主題歌「魂のルフラン」は、石野卓球の指摘を待つまでもなく、音楽的にはお寒いシロモノだった。高橋洋子の歌の上手さに頼り切りで、特にシンセの音色感覚はひどいものだった。

 だが完結編では、鷺巣詩郎が主題歌の作・編曲も担当した結果、一気に音楽的なレベルが上昇し、音楽ファンでも安心して聴けるものとなった。主題歌「THANATOS」はベタっとしていて個人的には好きでないが、途中のジャズっぽい展開はいい。そして、「Komm,susser Tod」のゴスペルっぽいコーラスがもたらす昂揚感の気持ち良さは最高だ。オルガンの響きも艶やかで、エヴァという時代を彩った大作の終焉を飾るにふさわしい佳曲だ。たとえ「ヘイ・ジュード」のパクリだと一聴して分かっても。

 また、壮絶なシーンで「G線上のアリア」の優しいメロディー流れ、悲惨な場面で「Komm,susser Tod」の明るいイントロが流れ出すなど、逆説的な音楽の使い方も大きな効果を挙げていた。

 社会現象ともなったエヴァの封印に、この音楽は大きな役割を遂げていた。97年の夏を思い出した時、僕の頭の中には「Komm,susser Tod」が流れるのだろう。…そんな人生、少し問題あり?



μ-Ziq "Lunatic Harness" (VIRGIN)
 名前はこれで「ミュージック」と読む。正直にMike Pradinasと名乗ればいいのに、わざわざこんな変換しにくい名前を名乗るのは困りものだ。しかし実は、今最も展開が多彩な音楽・テクノの、僕にとって97年度ベスト1かもしれないアルバムなのだ。

 タイトな1曲目からスタートして、ドラムン・ベースやアンビエントなどを次々に展開していく。収録時間が長いテクノのCDでは、同じようなサウンドの連続に途中で飽きてしまうことも多いが、このアルバムには無縁な話だ。また、テクノ独特のハードな面だけではなく、コミカルな要素もある。後半はシリアスに展開する構成も秀逸だ。

 去年のエイフェックス・ツインのアルバム同様、テクノ・ファン以外にも広く聴かれるべきアルバムだと思う。



コーネリアス "FANTASMA" (trattoria)
 音悪いよ、オマケのヘッドフォン。オマケじゃ仕方ないか。でも中身は本当によく出来てる。全体の感触は極めてクールで、前2作に比べても、アルバムごとに醒めた空気が強まっているようだ。

 そしてこのアルバム、なにがいいって、感情移入が全く不可能なのだ。あざいとい歌詞で「お互い分かり合えるんだ!」なんて思わせるような、妙な共同体幻想とは無縁。聴く者との間に絶対の距離を生み出すクールさが心地いい。最初から最後まで、1人きりで楽しむべきアルバムだろう。

 もっとも、そこかしこに叙情的な要素もあったりするけど、感傷的にはなっていない。ラストのもろビーチボーイズ・コーラスには泣けたけどね。



YOKO ONO "APPROXMATELY INFINITE UNIVERSE" (RYKO)
 以前中川敬がその年のベストアルバムのひとつに彼女のBOXセットを挙げ、彼女はもっと評価されるべきだというようなことを語っていたが、このアルバムを聴いて納得した。本作品は、オノ・ヨーコが70年に録音した2枚組。当然ジョン・レノンも全面参加している。

 ジョン・レノンが80年にニューヨークでしたライヴのビデオを見たことがあるのだが、それ以来オノ・ヨーコは奇声を発している人というイメージがついてしまった。しかしこのアルバムでは、多少平板であることは否めないが、独特の味のあるボーカルを聴かせている。バックも時代の空気を伝えるロックサウンドで、すごくカッコいい。DISC-1の1曲目「Yang Yang」の中華風味の気だるいサウンドや、同じく9曲め「Catman」のビート感など、かなりシビれた。

 2枚組だけあって曲もヴァラエティーに富んでいるし、そこらのスタイルだけで気が抜けたロックよりも、遥かにロックだ。聴いてて痛快だった。



oasis "BE HERE NOW" (SONY)
 なんか安心感のあるアルバムだ。相変わらず冴えたメロディー、練り込まれた厚いサウンド、そして巧みなアルバム構成などから僕が勝手に感じてるだけなんだけど。

 なにより、ロック・スター然とした彼らの姿が興味深い。今時代の中央で熱狂を集めているのは彼らなんだなぁ。もっとも、ひねくれた音楽ファンの僕は、残念ながらその熱狂の中には入れない。

 いまさら比較しても意味が無いけど、アルバムとしての完成度はオアシスの方が高くても、やっぱ僕は、「ブリット・ポップ」から潔く身を引いたブラーの方が好きだな。

 僕が高校生だっら、死ぬほど聴き返すアルバムだと思う。



ホフディラン "WASHINGTON C.D." (PONY CANYON)
  実はこのCD、友人に強く勧められるまで買おうか迷っていた。彼らが優れたメロディーを生み出すことは前作「多摩川レコード」で納得済みだったけれど、意図的なものとはいえあの安っぽいサウンドと、ひらめきはあっても深みの無い歌詞を、もう一度聴く気が湧かなかったのだ。ところが本作では、それらの以前感じた問題が見事に消え去ってしまっていた。前作からたった8ヶ月しか経っていないのに。勘弁してよ、俺が迷った意味が無いじゃん。

 「恋はいつも幻のように」に代表されるようなメロディーのよさは相変わらずだし、サウンドもバンドっぽくなって、一気に肉体感が増した感じ。まるで成長期の子供のようだ。また、アルバムの冒頭で「コンパクトディスクは地球にとても悪いらしい」と歌いだすひねくれぶりも最高。なんとなくラウンジっぽい雰囲気にも驚いたし。ただ、「僕らは地球を考えていこう」と続けて、無難にまとめてしまうあたりに彼らの限界も感じてしまう。飄々としたスタンスが、どうも根性の無さと紙一重に思えてしまうのだ。

 もっとも、そうした点があるからこそ、本作は同時代的な空気に満ちている。曾我部恵一や小島真由美の参加も納得。良くも悪くも時代性に満ちている点で、20年後ぐらいには、今僕等がURCのレコードを聴くような感覚でこの佳作も聴かれるのかなぁ、と漠然と考えた。違うかな。