Vol.5 (side A) MAY/1997



想い出波止場 "VUOY" (trattoria)
 一聴して思い浮かんだのは「人力テクノ」という言葉だったが、コンピューターも使われているので、正確には「人肌テクノ」といったところか。不可解にして人なつっこい音の連続だ。

 ポップな小品も混じっているけれど、大半は音響的な快楽を追究したようなトラックが続く。場面も登場人物も激しく変化するコマ切れの夢をいくつも見ているかのようだ。聴き終わると、全部幻覚や幻聴だったような気分にすらなる。

 どこにも着地点を求めないまま、音の混沌の中を突き進める点が、山本精一の最大の強みだ。世界一予定調和から遠い場所にいる男かもしれない。



JEFF MILLS "THE OTHER DAY" (SONY)
 デトロイトテクノの奇才のこの編集盤には、かつて「Waveform Transmission Vol.3 」で聴かれたような攻撃的なサウンドはほとんどない。むしろ、闇の中で明滅する灯りのような不安定な雰囲気だ。人間が言葉に直す以前の感情を、不明瞭なイメージのまま具現化した音。ジェフ・ミルズは、自身のマインドへの深い洞察を音に変換する。

 彼の音楽は、テクノ云々というより、もっと土着的な何かの匂いもする。ジェフ・ミルズはテクノロジーを極めて意識的に活用しているが、発展の先に待つものは先祖帰りだということに、すでに気づいているのかもしれない。

 そう、彼の生み出すミニマルなビートは、DNAの螺旋構造を音響化したかのようなのだ。



PIERRE HENRY "MESSE POUR LE TEMPS PRESENT" (PHILIPS)
 フランスの電子音楽の祖ピエール・ヘンリーが、60年代にミュージカルに書いた曲などを集めた編集盤。

 前半は、ロックを意識したサウンドのいかにもサントラっぽい曲に、電子音がミュインミュインと飛び交いまくる。音像の定位も独特で、それがかって新鮮だ。

 今でいうアンビエントな曲が揃った後半は、電子音楽というより、ほとんど現代音楽。といっても、現代音楽から派生したものだったな、ミュージック・コンクレートって。この後半はさすがにちょいとダレるが、60年代の時代的背景も含め、現在のテクノへと至るひとつの流れを確認できるCDだ。



JONATHAN RICHMAN "SURRENDER TO JONATHAN" (VAPOR)
 ジャケットの海賊ルックは一体何なんだ。そんな疑問も、このアルバムを聴き進むうちにどうでもよくなっていく。適度な力の抜け具合も心地よく、酒場で飲んだくれたり、追いかけた女にふられているであろう男の日常が伝わってくる。ふにゃっとしたボーカルを支える、適度にシャープで適度に緩いバックの演奏もいい。

 個人的には、妙に緩いビートが心地いい6曲目「I WAS DANCING IN THE LESBIAN BAR」が大好き。何を歌ってるんだか知りたくて仕方ないんだが、残念ながら輸入盤には歌詞が付いてない。レズビアン・バーで踊りながら何してるんだ、この男。

 悩み事がある時にこれ聴くと、なんかどうでもよくなってきますよ。



さねよしいさ子 "りんご水晶" (レーベルなし)
 僕が目を離したすきに、さねよしいさ子は大きく成長していた。いや、目を離したどころか、最初から色眼鏡で彼女を見ていたことを反省させられたのが、このカセットだ。

 95・96年のライヴで披露された新曲8曲を収録したもので、なにより圧倒的なのは彼女のボーカル・コントロールの巧みさ。僕はあまり歌の上手さを気にする方ではないが、それでもこの上手さには言葉を失ってしまった。また、アコースティック中心の繊細なアレンジも秀逸で、彼女の表現力とひとつになった時、時に心に染み込み、時に圧倒的な迫力で聴き手を包み込む。

 彼女は一見非現実的な歌をうたう夢想系の歌手のようだけれど、実は物凄い緊張感を生み出しながら自分のコアをさらけ出すタイプのアーティストなのだ。

 現在彼女はレコード会社との契約がなく、このアルバムもカセットのみでの自主制作。これが我々を取り囲む現状なのだ。ケッ。