Vol.4 APR/1997



JIMI TENOR "INTERVISION" (WARP)
 これには驚いた。テクノだという情報だけで買ったのだが、そのサウンドは「ジャズっぽい」どころではなく、もろにジャズなのだ。ジャケットからは想像もつかないが、まさにテクノ・ジャズ。しかも7曲目では、デューク・エリントンの名曲「CARAVAN」が始まってしまう。

 そんなモダン・ジャズを下敷きにしたテクノを構築する一方で、彼の作る音楽は、非常にグルーヴィーでもある。それはジャズ的な要素がない曲でも同様で、かつて隆盛を誇ったジャズ・ファンクなんてものは何だったのかと考えてしまった。生音も導入しながらも、サウンドの感触はやはりテクノなのだ。これはジャズにとっても、新たな進化なのかもしれない。

 でもテクノの奴ってのは、次作では全然違うことを平気でやったりするもの。この男、次はどんなサウンドを作るのだろう?



広末涼子 "MajiでKoiする5秒前" (WARNER JAPAN)
 シャッフル・ビートなんてものは、ポップスの世界ではそれこそ使い古されたシロモノだ。しかし、そんないっぱしの音楽マニアぶった考えも、イントロの「1・2・3・4・5」という広末の囁きが聞こえた瞬間に吹き飛んでしまう。次の瞬間にはもうメロメロ。今年で25歳だぞ、俺。

 作詞・作曲は竹内まりあ。広末と同世代の娘を持つ彼女が、プリクラなどの同時代的要素を容赦なく混ぜながら、惜しげも無く職人芸を披露しているのがこの曲だ。服部家のサラブレッド・服部隆之によるストリングアレンジも実に美しい。ポップスの黄金律と広末の出会いが、おそらくは制作者ですら想像できなかったであろうほどの輝きを生み出している。全てが一瞬のうちに消えていく虚像であることを知りつつも、僕はこの眩しさから目を背けられない。

 同じく竹内のペンによる2曲目「とまどい」には、なんと山下達郎がコーラスで参加。世の中には幸運を一身に集める人間もいるのだと、不条理を感じて溜息をついてしまいそうだ。でも広末なら許す。

 きっとこの曲は、僕が無邪気でいられた幸福な時間の記憶となるんだろう。要は、僕が広末ファンってことなんですけどね。



ソウル・フラーワー・ユニオン "宇宙フーテン・スイング" (KIOON)
 アタマの出だし一発で完全にノックアウトされた。このインパクト、ただごとではない。ジャズのスイング感ブチかましのタイトル曲は、最近作で続いた梅津和時とのコラボレーションの中でも最高傑作だろう。昭和歌謡ムードもムンムンで、日本民謡などへのこれまでのアプローチとはまた違った面で、ルーツ表現がよりこなれてきた印象だ。「寺山修司 meets サン・ラー」な歌詞も、中川敬らしい荒っぽい精神性に満ちてて最高。もはや反則技ともいいたくなる1曲だが、問題なのはルール遵守の他の音楽たちなのだ。ソウルフラワーのメンバーの月給が20万以下だなんて、世の中間違ってるよ、やっぱ。

 2曲目「さよならだけの路地裏」も、夏の日の気だるさを描いた歌詞とサウンドが絶妙にマッチ。浅川マキのカバーも収録で、凄味倍増だ。

 今年はソウル・フラーワー・ユニオンとしての活動をこれ以降停止するそうだが、この調子で各自好き放題にやって欲しいもんです。

 そうそう、ミュージカルのサントラ盤みたいなデザインのジャケットもいい。ちゃんと歌詞に合わせているのだ。



audio active "Apollo Choco" (BEAT RECORDS)
 薬物系ダブ・ユニット、オーディオ・アクティヴの新作は、エイドリアン・シャーウッドがプロデュース。まさに「ON-U SOUND」で、あんまり予想通りで気が抜けちゃったくらい。でも、ドラムン・ベースとかの要素も導入されていて、廃物だらけの街を突っ走るようなスピード感はやっぱりカッコいい。音響的な構築も良く出来ているので、ダブを知らない人でも、テクノや音響系が好きなら一聴の価値あり。

 「ロボットが暴走して破壊を繰り返す地球に、大麻を守るためaudio activeが向かう」というアルバムのコンセプト・ストーリーは、ちょっとアレだけどね。



varttina "kokko" (NONESUCH)
 ヴァルティナは、民謡コーラスの現代化に取り組むフィンランドのグループ。一糸乱れぬコーラスの壁で度肝を抜いた前作「aitara」ほどの衝撃はないが、その硬質な感触はそのままに、サウンドの完成度を高めている。

 民謡とロックとの融合を試みる彼らは、前作までは、そのロックの部分のセンスが非常に古臭かった。しかし、この新作ではそうした問題が解消して、一気に洗練の度合いが高まっている。かつての泥臭さをただ懐かしむのは、ワールド・ミュージックへのある種の偏見だろう。もはや「民謡コーラスの現代化」ということも気にしないで聴ける、優れたコンテンポラリー音楽になった思う。

たしかに進歩/発展は、いつも一抹の淋しさと背中合わせだけれど。