Vol.3 MAR/1997



annbjorg lien "prisme" (GRAPPA)
 「名前の読み方がわからないんですが、どこの人かはわかっています。スウェーデンです。」彼女のCDを放送したFM番組で、細野晴臣は自信を持ってそう語ったが、残念ながら彼女はノルウェー人だった。しかもノルウェーという地理的ハンデのため、そのCD「ANNBIORG」に僕が出会うには、実に3年の年月を要したのだった。

 その後彼女は、ヘンリー&カイザーによるノルウェー音楽の編集盤「The Sweet Sunny North」にも参加していたが、予告されたソロアルバムは一向に出る気配がなく、結局2年待たされて出た待望の新作がこれだ。今度は発売から1年後に買えたので一安心。でも通販可能なホームページ作ってくんないかな。

 彼女の奏でるフィドル(=ヴァイオリン)の音はとにかく美しい。河へ流れ込んでいく雪解け水のように瑞々しいのだ。

 一般的に、北欧の民俗音楽は透明感溢れるイメージを持たれがちだ。しかし、土俗の匂いを漂わせる暗い面も持っている。彼女はその両方を麗しいメロディーにのせ、巧みに表現していく。その艶やかにして力強い音色は、きっとノルウェーに暮らす人々の息吹そのままに違いない。

 アコースティック主体の他の楽器との絡み合いも、より一層イメージを膨らませていく。すべての音がきらめいているかのようで、優しく、しかし確実に胸に迫ってくるのだ。青空が広がる日には、いつもこのCDを流したくなる。

 とにかくこのアルバム、見かけたらたら手にとってレジへ持っていくことをお勧めします。現地盤でしか入手不可能ということは、まさに一期一会なのだから。



嶺川貴子 "ATHLETICA" (POLYSTAR)
 L−Rが、ポリスター時代にはマイナーながらもマニアから支持を受けていたものの、ポーニーキャニオン移籍後はほんの一時期メジャーになってすぐ凋落していったのはなぜか?その答えは、「嶺川貴子が脱退したから」だ。L−R在籍時に気づく人は少なかったが、メンバー中最も音楽的センスがいいのは彼女だったのだ。

 独自の音世界を追究し、前作「roomic cube」のアメリカ盤が出るまでになった彼女だが、音楽的な貪欲さは相変わらず。彼女のすごいところは、こういうマネを気負わずやってるらしいところなんだよなぁ。

 前作からのバッファロー・ドーターに加え、今回はなんとADSが参加。以前彼らのCDを試聴してあっけに取られたのだが、とぼけた顔して我が道を突っ走ってる連中だ。

 テクノともエレクトロともちょっと違う独特のサウンドは、不思議な空間感覚を作り出す。箱庭の中に居ながら、同時に宇宙にまでつながっているような感じだ。おもちゃの中に埋もれながら、同時に夜明けの浜辺に居るような気分でもある。なんだか分からん表現だな。

 なんだかんだ言っても、やっぱりミネカワのチャーミングさは無敵だ。4曲入りミニアルバムなのに、もうお腹いっぱいだよ。



VAN MORRISON "THE HEALING GAME" (POLYDOR)
 相変わらずはハイペースなリリースが続くが、精神の癒しの一方、心臓の具合は平気なのだろうか? R&Bやジャズを吸収した懐の深いサウンドもいつものまま。ジャズミュージシャン・MOSE ALLISONのトリビュート盤を経て、サウンドのまろやかなニュアンスが一層深まった気もする。

 今回はずいぶんとモロなアルバム・タイトルだなぁと思ったが、意外やアルバム全体には緊張感にも似た空気も漂っている。聞き手を必ずしもリラックスさせてくれない。このタイトルは、癒しを求め続ける自身への、ある種逆説的な意味合いなのだろうか。だから「ゲーム」なのか。それでも彼は決して険しい表情を浮かべず、ソファーに座ることを勧めるかのように、優しさに溢れた歌も聴かせてくれる。

 それにしてもサングラスで町を闊歩するヴァン・モリスン、カッコよすぎ。駄作を作らない男の不動の貫禄だ。



MERZBOW "spiral honey" (WORK IN PROGRESS)
 僕はノイズと呼ばれる種類の音楽をほとんど聴いたことがない。そのくせノイズ系ミュージシャンの名前だけはわりと知っていて、このバンド(?)の秋田昌美もそうした1人だった。

 96年作のイギリス盤である本作を聴く前には、聴くに堪えない音が襲ってくるのでは?という不安があった。ところがその予想は裏切られ、混沌とした轟音ながらも、同時にひとつの世界観を描き出すような整合性のある音に、むしろ覚醒感すら覚えた。ボアダムスを聴いた時も同様の印象を受けたが、サウンドの徹底したクールさの点で、MERZBOWの方がずっと好みだ。

 このCDに出会ったことで、新しい「音」を探す楽しみがまた一つ増えた。



NOVO TONO "PANORAMA PARADAISE" (creativeman disc)
 去年のうちに買わないで後悔したCDその2。いや、もう床の上転げまわっちゃうぐらいに、聴かずにいたことが悔しいのだ。うおーっ!

 メンバーは、PHEW・山本精一・大友良英・植村昌弘・えとうなおこ・西村裕介という、日本オルナティヴ界の猛者ばかり。その彼らが一団となつて繰り出すサウンドは、虫が湧いたような奇妙な音の連発や、聴き手のことはお構いなしの変拍子攻撃、目まぐるしく変化する曲展開など、各メンバーの技量を見せまくる反則技の嵐。音楽的な引き出しがとんでもなく多いのだ。しかも、それが乱雑に巻き散らかされるのではなく、見事な構築性を獲得している。最高だ。

 なかでも衝撃的なのは、ボアダムスや想い出波止場などの最前衛ユニットで活動する山本精一がボーカルを聴かせる7曲目「夢の半周」だ。ここで彼は突如、ギターの弾き語りのようなフォークソング的歌心を見せる。四畳半フォークとは一線を画す、湿気抜きの虚脱感が胸に迫る。ボアや想い出波止場のファンなら、彼にこんな面があったなんて!と驚くこと必至だ。

 細部まで作り込まれたこの傑作、もっと多くの人々に愛されていいはずだ。あと、山本精一の歌心溢れる「うた」をもっと聴きたい!



FABRIZIO DE ANDRE "LE NUVOLE" (DISCHI RICORDI)
 ファブリッツオ・デ・アンドレは、イタリアのシンガーソングライター。昨年発表された「Anime Salve」も言わずもがなの傑作だった。90年作であるこのアルバムも素晴らしく、彼の才能が既に当時完成されていたことをうかがわせるのに充分だ。

 彼の音楽は極めて映像的だ。ギター1本の弾き語りから、雄大なストリングス、そして民俗楽器と様々な 音楽要素を用いながら、地中海周辺の歴史を映し出す。驚くべきは、そうしたミクスチャー感覚を持ちつつ、ポップスとしても圧倒的な完成度を持っている点だ。そのサウンドの艶やかさに聴き惚れる一方で、彼の歌声は確実に胸に届く。端正な紳士然としたファブリッツオは、ジゴロのように心をつかむのだ。

 ヴィム・ベンダースの映画のファンの人なら、絶対にこの詩的にして雄大な音楽のとりこになるはずだ。



ムーンライダーズ "Damn! moonriders" (MEDIA RINGS)
 ムーンライダーズのデビュー20周年記念CD-ROMが、すでに21周年を迎えた今頃になって出た。いかんせんブチ込むデータ量が多すぎて、発売が3ヶ月遅れてしまったのだ。まさにマニアの受難。しかも、ファンハウスに契約を切られてしまったためにインディーズでの発売で、本当にライダーズらしい因業の深さだ。

 CD-ROM1枚と、スタジオ&ライヴの未発表音源を収録したCD2枚の、計3枚組。ファンの情報許容能力を過信したとしか思えないボリュームだ。

 メインのCD-ROMは、チケットやレコードの帯の画像まで収録した、マニア魂全肯定のデータベースの出来が素晴らしい。ただ、有名人のコメントやゲームを収録したお楽しみデータは、ユーザーインターフェイスが悪すぎ。どこに何があるかさっぱり分からない。しかも、必要スペックを満たしているのにすぐ固まる。うちのマシンだけかな?

 一方2枚のCDはマニア垂涎の構成で、これを聴きたいがためにパソコンを持ってないのに買った人も多いのだろうと思わせる。特にスタジオ録音の音源には、未発表曲や別バージョン、そして2曲の新曲まで収録。これを聴くためだけでこのセットを買う価値はあるので、まだ迷っている人は諦めて1万円札の用意をした方がいいだろう。

 個人的には、「くれない埠頭」や「夜警」のデモ、そして新曲の2曲がお気に入り。若気の至り炸裂の「ジャンプ・アップ・ファミリー」のビデオから、大人の「苦み」が漂う新曲まで楽しめるのも嬉しかった。