Vol.1 JAN/1997



サニーデイ・サービス "愛と笑いの夜" (MIDI)
 こんなはずじゃなかったんだけどなぁ。めちゃくちゃ期待してたんだけど、このアルバム、どうしても好きになれない。前作「東京」は、何度聴いたかわからないほど繰り返し聴いて、かつての小沢健二「犬キャラ」状態だった。ところがこの新作には、「東京」にあった息詰まるほどの情感の高まりがない。あのむせ返るような空気はどこへ。

 おそらく前作よりもラフに作ったんだろうけど、そうなると音楽的な新鮮味の無さとか、マイナス面の方が気になってしまった。曲もそれなりにいいとは思うんだけど、アルバムを聴き通した後に妙な疲労感が残るのもたしか。悪いアルバムじゃないと思うんだけどね。



カジヒデキ "ミニスカート" (trattoria)
 なんて吹っ切れてるんだ。ひたすらに明るくて切ないポップスが詰め込まれていて、理屈抜きでOK。僕も毎朝聴いている。ちょっと躁病患者っぽいところもあるけれど、そんなことは鬱病気味の僕は気にしない。抜群にキャッチーなメロディーに、わざとちょっと粗雑な味も出した演奏。とにかく楽しむことだけを考えて作られているのが爽快で、スェーデン人も広末涼子もニッコリって感じだ。

 ブリッジ末期には相当追いつめられた精神状態だったと雑誌に書かれていたけれど、この吹っ切れ方を目の当たり(というか耳の当たり)にすると納得してしまう。1曲目で高らかに歌われる「みんな僕を好き みんな君を好き みんな自分の事も愛してる」という一見能天気な歌詞も、自分自身を愛せなかった時期があったからこそなんだろうなぁ、と思ってしまった。だからこそこのアルバムはこれほど瑞々しいんだろう。

 表記されていない15曲目は、「引き」を心得た演奏が絶妙。



Brian Wilson "Dream Comes True" (?)
 ブライアン・ウィルスンは、説明不用のグループ「ビーチボーイズ」のメンバーにして、ポップス・クリエイターとして現在世界最高レベルの天才だ。しかし、ある件があって以来ビーチボーイズのステージには現れていない。彼が発狂したためだ。

 「ラバーソウル」から「リボルバー」、「サージェント・ペパーズ」の頃のビートルズのライバルは、ストーンズではなく、ビーチボーイズ、いや、そのブライアンだった。ブライアンはポップス史最大の傑作「ペット・サウンズ」を発表後、次作「スマイル」の制作に取りかかるが、彼はその途中発狂、長い精神病院生活を送ることになる。しかし、88年には復帰作「Brian Wilson」を発表、多くのファンを狂喜させた。が、復帰後第2作「Sweet Insanity」はレコード会社に発売を拒否され、お蔵入り。それでも彼は、95年に自伝映画「駄目な僕」のサントラと、旧友ヴァン・ダイク・パークスと共作「Orange Crate Art」を発表。後者なんて、もう涙無しには聴けない、彼の生い立ちを知らずとも感動必至の傑作だ。

 以上で、彼がその才能とは裏腹に、いかに苦難に満ちた生涯を送ってきたかわかってもらえるのでは。ひどい目にあってるよなぁ、ホント。僕はもちろん彼をリアルタイムで聴いてきたわけではないが、その音楽に加え、こうした数々の彼の障害を乗り越えてきた彼の姿にもまた強く惹かれてしまう。

 この「Dream Comes True」は、お蔵入りしたままの本来の第2作「Sweet Insanity」全曲と未発表曲などを収録したCD。いわば海賊盤、ブートレグだ。本当に音が良くて、今までのひどい音の他のブートに比べ、サウンドの隅々まで聴き取ることができる。そりゃぁ今聴けばシンセや打ち込みの音の古さも感じるが、ポップさと実験性を併せ持つこの音楽の魅力の前では大した問題ではない。以前出ていたブートと聞き比べると、曲名やミックスが微妙に違う曲が多く、いかに彼が激しい試行錯誤を行っていたかが窺われる。果てしなき求道者精神の証しだろう。

なにより、絶望の淵からから帰ってきた彼が歌う絶世の名曲「Make A Wish」を、ステレオで繰り返し聞けるのがたまらなく嬉しい。



劉以達(タツ・ラウ) 麻木(麻痺) (KITTY)
 去年のうちに買わないで後悔したCDその1。

タツ・ラウは、社会派デュオとして知られた「達明一派」の片割れで、解散後も独立レーベルで自分の音楽を追究する香港のアーティスト。本作でも、中国音楽のエッセンスを巧みに取り入れて、香港人としてのアイデンティティーを探求している。

 彼の音楽の驚くべき点は、その中国音楽とロックの融合の見事さと、時代や社会状況を見据える視点の鋭さだ。中国音楽を取り入れたロックを凡百の音楽家が作った場合、ほとんどはつぎはぎだけが目立つ結果となる。単なるキワモノになってしまうのだ。ところがタツ・ラウは、研ぎ澄まされた音へのセンスで、そうした落とし穴を回避していく。このアルバムを貫くサウンドは、スピード感に溢れながらラウドで、本当にカッコいい。素晴らしいミクスチャー感覚なのだ。歌詞の面でも、インターネットについて歌った「モデムは28800bps」なんて曲があって痛快だ。

 映画「ブレードランナー」に代表される近未来イメージの代表的な都市といったら香港だが、音楽にも退廃を抱えながらこれほどまで成熟している作品があるのだ。「オルタナティヴ」という言葉が真にふさわしいのは、そこらの轟音ロックではなく、このアルバムに収められているような音楽だ。