CD REVIEW Vol.38 (side A) OCT/2000



NEVILLE BROTHERS "FIVO ON THE BAYOU" (ULTRADISC)
 NEVILLE BROTHERSのCDを買おうとして何にするか迷ったものの、ワニの背中に火がついてるジャケットの意味のわかんなさでこの81年作品に。ヘヴィーなサウンドがじっとりと滲み出してくるのでは…という予想を裏切って、冒頭の「HEY POCKY WAY」はパーティーソングのように陽気で、これもまたニューオリンズなのだと教えられた。リズムも弾んでるその曲から次第に粘度を増すアルバム展開かと思いきや、拍子抜けするほど甘いコーラスを聴かせる「THE TEN COMMANDMENTS OF LOVE」のようなソウルナンバーや、ストリングスに包まれた「MONA LISA」なんてのも。芸域が広いな。アルバム中では、ドラムのでかい音とクチュクチュ鳴るオルガンが心地いい「BROTHER JOHN/IKO IKO」が気に入った。



YOUSSOU N'DOUR "JOKO" (EPIC)
 DJの選曲のためにアフリカ音楽を聴き返していた時に痛感したのは、西欧のレーベルから発売されるアフリカ音楽が現代的なサウンドを意識して使う打ち込みのサウンドは馴染めないことが多いということだった。それは最新の音を狙っていながら、微妙に古い音であることが多いため。そしてYOUSSOU N'DOURの「JOKO」は6年ぶりの新作だが、こちらも葛藤の度合いがさらに深まったようなサウンドだった。イギリス人が作曲したり、ラップ入りだったり、まるでR&Bだったりで、STINGやPETER GABRIELとの共演曲がいかに丁寧に作られているか分かってしまうほどだ。彼がヴァージンに残したアルバム群にあったような強烈な昂揚感が懐かしくもなってくる。それでも「BIRIMA」「LIGGEEY」「PLEASE WAIT」などには彼の作曲能力の高さが確認できるわけで、まだ彼に期待していたいのだが。



CARNATION "LOVE SCULPTURE" (COLUMBIA)
 ポップスとしての突出した説得力。カーネーションの新作を聴きながら思い浮かんできたのはそんな言葉だ。

 多くの楽曲には明快さがあるものの、前作「Parakeet & Ghost」で全開となった音響へのこだわりも失っていない。前作に比べると前衛性は抑えられたようだが、楽曲と編曲の隙間が埋められてより一体感に満ちたサウンドとなっているのだ。前作と同じく上田ケンジがプロデュースで参加した本作でも、老成や熟成といった感覚とは別のベクトルで完成度を上げようとするカーネーションの意思が明確に感じられる。万年青春症のような歌詞も、気恥ずかしさに照れるどころか正面から素直な感情表現に立ち向かっていくかのようだ。

 シンプルながら力強いラヴソング「Forever Love」は豊田道倫による作詞作曲。また、「LOVE SCENE」ではプロデューサーに大野由美子、エンジニアにZAKを迎えるなどのコラボレーションも行なわれている。抒情が溢れる「幻想列車」や、情景と心情とを交互に描写しつつ失恋後の捨て鉢な感覚を表現する「LEMON CREME」には、作詞家・直枝政太郎の成熟を感じた。ビートルズのあの曲を連想させるイントロで始まる「壊れた船」のストリングスに包まれた美しさや、不可思議な色合いを帯びた「蜘蛛のブルーズ」の複雑なニュアンスといい、カーネーションが進化し続けてことを物語るのに充分なアルバムだ。

(from『UNGA!』Vol.69)



嘉手苅林昌 "風狂歌人" (VICTOR)
 昨年亡くなった沖縄民謡の大御所・嘉手苅林昌のベストアルバム「風狂歌人」は、彼の最後を飾るにふさわしく非常に丁寧に編集されている。プラスティックのケースが通常よりも厚いと思ったら、音源初出の一覧・嘉手苅林昌物語・収録楽曲の解説など詳細な資料が載ったブックレットが厚いためだった。

 65年から82年までに発売された18曲のうち、初CD化曲だけで11曲。多くは嘉手苅林昌の歌に三線と太鼓の伴奏が付く程度だが、簡素であることが退屈とイコールではないと教えてくれる。一方で、普久原恒勇の胡弓と照屋林助のベースが加わった「ラッパ節」はカンボジア歌謡を連想するような奇妙な味わいで、60年代の沖縄でこんなサウンドが生み出されていたことに興奮も覚えた。

 西欧音楽的な価値観からすると嘉手苅林昌の歌はいわゆる「上手い」という基準にあてはまらないだろうが、聞き手が甘える隙のないほど、彼の歌と三線との世界は完結している。それは言い換えると「孤高」ということになるのだろうが、力を抜いて飄々とやっているようにも感じられるのが嘉手苅林昌という音楽家の不思議さであり、魅力でもあるのだ。そして彼が奇行の人だったというのも、残された音源に耳を傾けているとどこか納得できたのだった。