Vol.4 1997



松岡英明ライヴ (97年12月25日 新宿リキッドルーム)
 なぜ松岡英明?と思われる向きも多いだろう。実は、ハイポジの近藤さんが彼のバックを務めていて、「ハイポジのページ作ってるんだから見とくべきですよ」とハイポジ仲間のTさんに勧められたために、一緒に行くことになったのだ。ハイポジのファンの中には、松岡のバックでギターを弾く近藤さんのファンになってハイポジも聴き始めた…って人が意外と多く、その系統の女の子ってのは、たいてい恐いくらい威勢がよかったりする。そんなわけで、暴れ川の源流を探訪する気分で、いざ松岡ライヴへ。

 まず衝撃を受けたのが、会場入口にあるロッカーの争奪戦。めちゃくちゃ恐いんだよ、連中。空いてると思ってTさんがロッカーの戸を開けたら、横に立ってた子が何も言わずにバタンと閉めるなんてザラ。なんでだよ。もう恐くて恐くて、「何こいつら〜こえ〜」なんて大声でゲラゲラ笑っちゃいました。

 10年選手の松岡英明のファンだけあって、開場は20代の女の子が中心。10代ぐらいの子も結構いたけど、それはお姉さんに影響されたパターンが多いとか。少数ながら男の子もいて、やっぱ松岡に憧れてる感じ。仕事帰りの僕は、他にもスーツ姿の男の人がいることを確認して安心している状態だった。

 電話のベルの音が会場に響いた瞬間から、一気に歓声が上がる。「もしもし僕だよ、いつもの時間にあの場所で」なんて内容のテープが流れたんだが、その間もう恐くて恐くて。声が流れただけでこんなに興奮してるんだから、本人が登場したらどうなっちまうんだろう、と97年最大の恐怖を感じてしまった。はたしてバックのメンバーに続いて松岡英明が現われた瞬間、今まで聴いたことの無い類の熱を帯びた歓声の嵐に僕は巻き込まれたのだった。

 この日の松岡の最初の衣装は半透明のレインコートで、ポケットにはアインシュタインの写真入り。銀色の杖も持っていた。そんなところに戸惑う僕を残して、会場は熱狂の渦。ベタな言い回しだが、まさにそんな状況なのだ。なんかたまたま訪れた町の祭に居合わせたような気分。やっぱ俺は、この場で求められる幻想の共通コードを持ち合わせてないんだなぁ…なんてこともぼんやりと考えた。

 しかし、この日のライヴが嫌だったかというと、そんなことはない。というか、かなり楽しんでしまった。松岡英明は、伊達に10年この世界にいないと思わせるだけのエンターテナーぶりで、一挙一動に感心させられた。楽曲はどれもキャッチーで、漂う80年代テイストが逆に新鮮。近藤さんのギターも轟音を鳴らしまくりで、ハイポジとは違った一面を見せ付けられた。またキーボードは、元ハイポジでもある松前公高だったのだが、ピコピコしたエレクトな音は、懐かしの京浜兄弟社魂を感じさせた。他にベース&ドラムを加えた演奏は、音楽的にも一定の水準を充分にクリアしていて、単純に楽しむのには申し分なかった。僕は腕組みしながら聴いていることも多かったのだが、周囲に合わせてリズムを取ってみれば、案外楽しい気分になってくる。周りの皆も、一緒に歌ったり、手を振ったり、トランスしたり。なんかこちらまで浮かれてきたのだ。あはは。

 ただ、ふと我に帰って周囲の熱狂ぶりに呆然とすることがあったのも事実。いわば、音楽的な感動よりも松岡英明というキャラクターの魅力に対しての熱狂に、埋めがたい距離を感じたのだ。このライヴの場では、松岡英明という記号の認識が最優先事項であって、それがあってこそ場の共有が成立する。そして僕は、その記号認識をできていない自分に気付いて冷めもしたわけだが、それは決して松岡及び彼のファンへの批判ではない。これは正当な楽しみ方のひとつなのだ。なにより、他者を冷笑する者は、その姿勢こそが冷笑の対象にされるべきものでもあるのだから。

 以上長々と書いてしまったが、早い話、狭義のアイドルのライヴを初めて見て、一種のカルチャーショックを受けてしまったのだ。会場が松岡英明に興奮している間、僕はその場の興奮に対して興奮していた。皮肉ではなくいい経験だった。次は宝塚でも見に行くかな。

(JAN/16/98)