Clubhouseで社会主義について語る人はいないのだろうか

Clubhouseは友人知人と雑談をしているぶんには楽しいのだが、少しでも自分たちのコミュニティの外を見ると、なかなかの地獄だ。何かに急かされている人が多い。

「アイドルはClubhouseをどう使うのか」という文脈では、2021年1月29日にYahoo!ニュース個人で記事を執筆した。

アイドルはClubhouseをどう使う?~ネットコンテンツに登場したブルー・オーシャンを考える(宗像明将) – Yahoo!ニュース

現在話題の音声SNS・Clubhouse(クラブハウス)。アイドル・カルチャーの視点からポイントを考察した。

このブログで改めて書こうとしているのは、Yahoo!ニュース個人の記事の後半で言及した、現時点でのClubhouseの日本人ユーザーの状況についてだ。

目新しいサービスに、日本人はまずギークから集まるというのは、2004年のOrkutや2007年のTwitterと同じである、問題はそこからだ。前述の私の記事から引用したい。

では、現時点ではどんなユーザー層が多いのか? それはビジネス系の人々が圧倒的に多い。IT、ベンチャー、インフルエンサー、オンラインサロン……といった言葉で表現することもできるだろう。

「意識高い系」も入れておくべきだった。

そこで日夜、何が行われているか? 結局のところ、マスメディアの有名人やインフルエンサーのRoom(Clubhouseでの配信枠の呼称)ほど人を集めている……という、私たちがClubhouseの外部で見ている退屈なインターネットと同じ状況だ。そして、それは格差がすでに固定化された日本社会の投影のようでもある。

しかし、そういう場所にコミットすることが「最後の希望」になっている人々も確実にいる。Clubhouseに参加するモチベーションが、インターネット上の新しいサービスへの好奇心ではなく、取り残されることへの焦りや特権意識である人も多いのだろう。

しかし、それは私たちが1990年代に夢見たインターネットだっただろうか? 少なくても、私が1996年に初めてインターネットに接続したときに夢見たインターネットではない。

私はまたブログを始めてしまうらしい

そういう点で、YouTubeがもたらしたパラダイムシフトは大きかった。知人がYouTuberになると聞いたときは「大丈夫か」と思ったものだが、彼女は現在約27万人の登録者を抱えて、自分のブランドのカラコンは売り切れるほどだ。マスメディアでの知名度という既得権益に関係なく、YouTubeの収益化システムとともに若い世代が台頭していった。私自身も認識を大きく変えた。

ただ、コロナ禍を経て、マスメディアで活躍するタレントのYouTubeへの参入が相次ぎ、新しく活動しはじめた一般人は台頭しづらくなっているのが現状だろう。そうした流れは、そのままClubhouseに継承されてしまった。

Clubhouseに限らず、現在の日本のインターネットの「余裕のなさ」を考えるとき、結局は「経済問題は人間の思考を鈍らせ、行動規範をおかしくさせる」という話に行きついてしまう。日本社会には富の再分配が必要だ……という極端かつ壮大すぎる話になってしまうのだが。もちろん「特別な人間になりたい」という肥大化した自意識も深刻なのだが、それはまた別の機会に書きたい。

コロナ以降、そんなことを考えているので、私の仕事ではエンタメではない社会問題の記事が増えている。この時代にテキスト主体の記事に魂を込めるためには、ライターや編集者はSNSで無駄口を叩いている場合ではないはずだ。

宗像明将の2020年の仕事・自選13本

私は、Clubhouseでは有名人をミーハーにフォローするのはやめて、基本的に友人知人や接点のある人のみに絞ってみた。Roomのタイトルが業界人っぽさを出すと人が集まる事象は観測しているが、私はもう少しパーソナルな配信をしてみたい。要は、このブログと同じことだ。

宗像明将の1月のインタビューや原稿を振り返る配信

Sunday, January 31 at 4:00pm JST with Akimasa Munekata.

私はまたブログを始めてしまうらしい

1996年12月、初めてインターネット上で日記(当時はブログという言葉はなかった)を公開した日の興奮を覚えている。ダイアルアップ接続でSo-netにログインし、World Wide WebにFTPでHTMLファイルを置いただけで、CGIによるカウンターが20も動いたのだ。

「20」など今となっては誤差のような数字だが、自分で何かを発信するには紙しかなかった時代だ(パソコン通信のNIFTY-Serveもあったが、発信というより『投稿』という感覚だった)。仲間と作ったミニコミをコンビニのコピー機で印刷して製本し、人が集まるところで配るしかなかった(コミケやコミティアで売ったのはインターネット以降の記憶がある)。何もしなくても誰かが見に来てくれる、という状況には、大袈裟ではなく世界が変わるかのような昂揚感があった。

あれから24年ほど経った。現在は、有料の設定ができるブログサービスが流行していて、どうにも居心地が悪い。もちろん私もお金は可能な限り欲しいのだが、もっと素朴なインターネットを知っているからだ。1996年に初めて買ったWindows 95のパソコンで、採算を度外視した情熱が渦まくインターネットを見ていたからだ。

そして2020年にコロナ禍となり、週に3、4回は行っていたライヴハウスに足を運ぶこともなくなった。友人たちと食事をすることもなくなり、まったく外食をしなくなくなった。小腹が空いてコンビニに行くようなこともなくなった。リモートワークになり、取材の日以外は基本的に家の外に出ない。宇宙船の中での暮らしのような感覚だ。唯一良かったのは、10キロ以上体重が減ったことで、何年かぶりに健康診断の再検査がなくなった。それ以外はろくなことがない。

家中の掃除をするなど地味な作業をしているうちに、ブログの存在を思いだした。「小心者の杖日記」は2016年4月を最後に更新していない。Movable Typeはなかなか維持が難しい。しかし、利用しているレンタルサーバーのロリポップ!に「WordPress簡単インストール」というメニューがあるのを思いだした。そして生まれたのが、このブログである。

ここ最近は、TwitterやFacebookでは業務の報告しかしないようにしていた(Instagramは迷走して、すでに更新を止めている)。noteは、仕事を列記するだけの場所にした。SNSで無駄口を叩かずに、編集者として、ライターとして、仕事に打ちこむべきだと考えていた。それは正解だったと認識しているが、botのようなSNSとは別に、もう少し自分のパーソナルな領分を、自分の独自ドメインに用意しておく必要がある気がしてきた。FFFTPを起動し、outdex.netに久しぶりに新しいディレクトリを掘り、パーミッションを設定した。

このブログも、多くて年に数回しか更新しないだろう。ただ、その数回は、「今」のインターネットから少しだけ距離を置いて、自分のドメイン以下に記録しておこうと思う。