Vol.2 1997



TBS「ニュースの森」山田花子特集(97年9月2日)
 TBSの「ニュースの森」という夕方のニュース番組で、山田花子の特集をすると聞いた時点で嫌な予感がした。もちろん山田花子とは、吉本の芸人でも、阿部潤の「THE 山田家」の登場人物でもなく、特殊漫画家として生きて自殺した人物のことだ。余談だが、インターネットで「山田花子」を検索したら吉本の芸人関係のページばっかり出てきて、ショックを受けてしまった。

 そして問題の番組だ。「神の悪フザケ」を手にしたニュースキャスターは開口一番、「決して彼女は絵が上手いわけでも、構成力があるわけでもありませんでしたが…」などと言い出したのだ。おいおい、彼女の初期の作品だけ見てそれはないだろうと、早くも苦笑させられてしまった。番組の内容は、いじめに苦しんだ女の子がマンガ家になったものの、苦しみから逃れられずに死んでしまった、かわいそうですねぇ、というもの。それだけ。彼女の父親や、根本敬も登場したが、刺し身のツマ扱いだった。彼女の日記は、暗い声の女が読み上げ、まさにニュース番組の化けの皮をかぶったワイドショー。いじめ問題を口実にして、安っぽい演出で視聴者を泣かせようという魂胆に、辟易させられた。あまりにも予想通りだったのだ。

 山田花子の本質はそんなことではない。第一、彼女はヤンマガ時代の編集者に嫌がらせをしていたというし、単純にいじめの被害者とばかりはいえないのだ。むしろ、他人と折り合いをつけられなかったことによって、果てしない閉塞を選択し、そして自殺にいたるまでその閉塞を突き進んだことに彼女の核心はある。安手の希望にすがることなく、ひたすらに他者を拒絶して生き、絶望の中で自滅していったこと、その点で彼女は美しいのである。その彼女のパーソナリティーを如実に反映したマンガも、それゆえに美しい。たとえ、単にマゾヒスティックな喜びを得るためだけに読み手に消費されているとしても。

 死後山田花子は、自己憐憫の激しい人々にとって、自己愛の格好の投影対象になってしまった。この番組でも取り上げられた「自殺直前日記」は、高野悦子や山田かまちでは物足りないという、巨大な自我を抱えた人々に受け入れられたのだろう。ただ、山田花子を愛することを自己のアイデンティティーにすることは、もう止めた方がいい。高校生時代からヤンマガで彼女の作品を読み、過剰に反応してきた自分自身への戒めでもあるのだが。

 山田花子は自分自身の投影であるキャラをマンガに登場させて、徹底的に痛めつけた。そして世間へも強烈な呪詛を吐いた。自分自身すら含め、すべての愚かなる人間たちを嘲笑した。彼女が生きていたら、間違いなくその矛先は、こんな番組を制作した連中に向けられていたことだろう。自滅へ向かうほどの、彼女の強烈な負のエネルギーをもって。



「COMIC GON!」 (ミリオン出版)
 スカムカルチャーという用語を使うのも馬鹿馬鹿しいゴミ情報誌(誉め言葉です)「GON!」の別冊。お手盛りなでっちあげ記事が多い誌面の中で、かねてからマンガ関係の記事には並々ならぬ情熱を感じさせていただけあって、読み手を困らすほどの情報量と愛情が結実した幸福な1冊となった。マンガへの愛情に満ちているぶん、ゴチャゴチャした誌面は同じでも、「GON!」とは全然空気が違うのだ。

 「まいっちんぐマチコ先生」を復活させるなど、幼年時代へのノスタルジアを具現化してしまう手腕も強引でいい。もっとも、そういう作品がちょっとお寒いのは否定できないが、そのつまらなさを楽しむ姿勢も、この本の度量の大きさゆえだろう。

 また、マンガ関連の各種クズネタのここまで集めれば立派だ。今後もこのテンションが続くのかが心配だけど。

 81年以降の週刊少年ジャンプのデータ解析や、ドラえもんの全道具などのパラノイア的データ主義の側面も見逃せない。不毛だとしても、これだけ客観的資料を提示できる姿勢は素晴らしい。やっぱり不毛かな。

 複数のライターによるマンガの辛口批評「日本一!!つまらないマンガはこれだ!!」は、実はかなり信頼のおける評論でもあるので、これだけでも一見の価値あり。

(NOV/02/97)



「マンガの鬼」 (創出版)
 「ガロ」を飛び出した元編集部員が、新たに「青林工芸舎」と名乗って発行したのがこの本。今回限りの単行本のようで、今後定期的な雑誌の刊行を目指すらしい。ただし発売は、青林堂と青林工芸舎の両方の言い分を誌面で紹介して中立ぶっていた創出版から。この辺りには、出版業界の魑魅魍魎さがうかがえるってもんだ。

 飛び出された側の青林堂の言い分をホームページで読んできただけに、僕は多少青林堂に同情的になってきていた。元編集部員の気持ちもわかるけど、やっぱ自分たちの手でガロを休刊に追い込んじゃまずいでしょ。そんな彼らがどんな本を作るのか、ある意味期待していたのだが…なんだこりゃ。

 表紙が「ねじ式」ってのからして、過去の栄光にすがっているようなもんじゃないか。編集部員たちのコメントも、あの事件の核心をはぐらかすものばかりで、非常に読後感が悪い。新旧とり混ぜた豪華なメンツによるマンガも、なんか急作りな印象のものばかり。大越孝太郎と菅野修の新作は面白かったけどさ。

 読み通して残った感想は、「結局また仲間内ばっかじゃん」。末期ガロの問題って、内輪意識にとらわれた安易な企画やマンガが多かったことだと思うんだけどなぁ。青林堂を飛び出してもやってることは以前と同じで、こんなことのためにガロを休刊にしちゃったの?と悲しくなってしまった。

 表紙に大きく書かれた「マンガはどこへ行くのか?」の文字も悲しい。青林工芸舎がどこへ行くのかの方が心配だよ。「開かれた」発表の場になることを願って止まないのだけれど…。

(NOV/02/97)