Vol.14 1999



駕籠真太郎「輝け!大東亜共栄圏」 (太田出版)
 駕籠真太郎の「輝け!大東亜共栄圏」は、近年稀に見る嫌悪感を僕にぶちかましつつ、見世物小屋に迷い込んだものの出る気にもなれないような気分にさせてくれた。

 西欧列強との戦争のさなか、大日本帝国に謎の物体が落下。その物体には、人間では女性だけを巨大化させる力があった。そして、多くのうら若き女子が軍事利用されるべく巨大化させられ、人間とは思えぬ姿に改造されて、戦車や潜水艦の射出口の代わりに使われることになったのだった。…こう説明したところで、たぶんあなたの想像を遥かに上回る馬鹿馬鹿なのは間違いない。生身のどこから砲撃するのかって? 言わせないでほしい。

 戦場には内臓と糞便が飛び散り、軍事とエログロが混ぜ合わされた、この欲求の露出具合には何の躊躇もありゃしない。しかも、なかなか読み進むことができなくて、実は異様な情報量があることにも気付かされる。丸尾末広の影響の濃い「還って来た男」などの作品もあるけれど、他の作品では、馬鹿馬鹿しいこと極まりない設定を平然と押し通しつつ、そこに人間の性(さが)の悲しさが微妙に浮かんでいたりもする。

 美しい肉体は醜悪な最期を迎え、清らかな精神は悲惨な末路をたどる物語の数々。それを読み終えてみれば、的外れかもしれないとは思いつつ、こう作者に問いかけたくなってしまった。「女性が憎いんですか? それとも愛し過ぎましたか?」

 戦時下における軍国体制の狂気を、新ガイドライン問題に揺れるこの国に突きつける問題作。というのは、誰でも考えそうな嘘っぱちだ。

(JUN/28/99)



南Q太「天井の下」 (祥伝社)
 さしたる期待もなく買った単行本だったけれど、読み進み終えてみれば全面降伏。僕は間違っていた。

 この単行本の白眉は「さすらい」。日常の描き方と、そこから静かな疼きを拾いだす巧さに感心させらけれど、それだけでは済まない。冒頭4ページで約10年の歳月の流れていることに終盤になって気付かされ、再び感嘆することになった。この構成が、疼きを淡い痛みに変えて読み手の胸にまで広げていく。さらにラストでは深い余韻が残され、それは不意であるがゆえに深く残った。

 4話まである「天井の下」は、疼きというよりははっきりとした痛みが前に出ている。言い争う表情や酔っぱらいの描写になると、妙に絵柄が崩れるのは、南Q太が従来の絵柄で描き切れる物語の枠の外へ向かっているからだろう。そういえば、以前のようにドットの大きいトーンをバックに貼ることも少なくなり、より洗練された感がある。

 彼女が確実に先へ進んでいることを見せ付けられる、素晴らしい作品集。

(JUN/28/99)



園山二美「続蠢動」 (アスペクト)
 この単行本に収められた短編群に渦巻いているのは、描こうと思えばいくらでも安定した作品を描けるだろうに、あえて前衛的なほどの作品を描かずにいられない業の深さだ。救われぬ自意識を描く「伝染」、描線の異様な太さが物語に凄味を与える「歌う男 電車と女」、何の解決も訪れない「1/4」、終盤の見開きが鮮やかな「怠惰気楽」。テーマや構成など、どこかに必ず工夫の跡があり、「青春」に至っては、詰め込まれたネタが有機的に生かされているか判断しづらいほどだ。

 そんな「続蠢動」を読み進みながら、僕は微かな嫌悪を感じたのだけれど、それは誤魔化さずに言えば、園山二美が表現する上での葛藤が疲労感とともに伝わってきたからだ。でも、そんなものは自分の不器用さを自覚しているがゆえの近親憎悪に過ぎない。あとがきの「飛んで跳ねて くるくる回って/んでもって机の角に/膝ぶつけたりなんかして」という部分は最高だし、彼女がやむにやまれぬ葛藤をして机の角に膝をぶつけ続ける限り、時にそのノイズに顔をしかめながらも僕は読み続けてしまうのだろう。

(JUN/28/99)



田中ユキ「ストレンジラブ」 (講談社)
 田中ユキの初単行本に収められた作品は、物語の要素がひとつの所に落ち着かず、不意にひっくり返る。たとえば、「白い恋人」で主人公を一途に愛して自殺する女の子の本心が、彼の心を傷つけていつまでも縛ることだと最後に語られたり、「夏の日々」で女教師に苛める主人公が、彼女を慕う同級生のことを考えていると明かされたり。善と悪は、やや唐突なぐらいに立場を入れ替える。あるいは、オカマ呼ばわりされてて男に狙われてる男の子と、男っぽくてレズもたしなむ(?)女の子が出てくる「メマライズ」のように、性差が中途半端に逆転している作品もある。

 そして、その「居心地の悪さ」に拍車をかけるのが、性をめぐって負が増大して行くような物語の展開だ。片想いの相手が性悪女だとも知らずに、自分を慕ういじめられっ子のクラスメイトを性欲の処理の道具にする「白い恋人」はその典型例。かなり泥ついた話だ。表題作「ストレンジラブ」では、幼なじみ同士の想い出が、実は2人に今もフェティッシュあるいはSM的な関係をもたらしている。

 物語においては、どうも男が純情で、女の方が魂胆を抱えているようで怖い。彼氏の女友達を恋人がバットで殴っていく「PETS」しかり、手を出した女の子に男の子が噛みつかれる「EGG」しかり。可愛い絵柄は、少女マンガのようでありながらも、読み手の不安感を刺激する。性と残酷さが入り交じる彼女の作品は、生温かい肌に触れたような感覚をもたらして、少しだけ優しい表情をして終わるのだ。

(MAY/31/99)



とり・みき「御題頂戴」 (ぶんか社)
 今回も祖父江慎の装丁。何が凄いって、表紙とか裏表紙とかいう概念を吹き飛ばして、最初から最後まで全部マンガのみなのだ。つまり、本来表紙の部分からマンガが始まっていて、前から数ページ目にあるツルツルした紙にもマンガ、そしてそのまま裏表紙のはずの部分にまでマンガ。ちなみに、カバーにもその下の本体にも帯にも、全部マンガが印刷されているという見事な徹底ぶりだ。

 中身の方は、タイトル通り読者からお題をもらって描くというもので、お題を出した人には、上野顕太郎・内田春菊・古屋兎丸なんかもいる。でも作品は相変わらずとり・みきの世界で、何の変哲もないお題から、あっさり常軌を逸脱していく手腕も相変わらず。しかも豪快。フォローなしで不条理を連射、無声度もけっこう高い。

 常識外れという点で、非常に似つかわしい装丁と中身だ。

(MAY/31/99)