Vol.12 1998



やまじえびね「MAHOKO」 (集英社)
 今まで彼女の作品はほのぼのとしたものしか読んでこなかったので、手触りがシビアなこの作品には不意打ちを食らった気分だった。主人公は無表情で我の強いまほこ。人と距離を置き続けてきた彼女が、波子田に告白されて付き合いだし、やがて淋しさや嫉妬という感情を覚えていく様子を描く。波子田に片思いする女の子から嫌味を言われたり、他の男の子から口説かれたりしながら、まほこはそれまでの自分になかった新しい感情を知り、波子田と心を溶け合わせていく。「自分のことは自分にしかわからないなんて思いこみ/すてろよいいかげん」という波子田の言葉の通りに。

 そうした感情の機敏は、淡いけれどもはっきりした輪郭で描かれる。白いバックと、コマの中における登場人物の配置には、ふと林静一を連想した。本当に巧くて、デザインという言葉すら頭に浮かぶ。全6話のうち第2話だけ全体的な書き込みが多くて、ガラッと別の作家のような絵になっているのも、作者の表現に対する意欲の現われだろう。

(NOV/09/98)



小野塚カホリ「NICO SAYS」 (近代映画社)
 「CUTiE COMiC」での連載「釦」も悪くなかったけど、この単行本に収められた95年作「NICO SAYS」はもっと読ませる。3話構成の表題作&短編3本入り。

 「NICO SAYS」の主人公・ニコは13歳の頃義父に犯され、その事実から逃げるように、好きだった実兄とも関係を持つ。そして数年後、兄には恋人がいて、ニコにも好きだという男が現われ、それぞれに恋人を持つことになる。けれど、ニコが興味を持つのは結局兄のことばかりで、兄との関係も続いたまま。義父とのことも兄に話せず苦悩は深まり、自分と距離を取ろうとする兄の態度は、兄の恋人への憎しみを強めることになる。そこから彼らの関係が壊れていくまで、さして時間はかからない。「あたしのこと好き?」と繰り返しながらニコが迎えるラストは、依存の裏返しとしての愛情や、他人に愛されることでしか維持できない自我の解決になっているのか判然としないところがもどかしい。でも泣けるんだよ、これが。

 僕の説明が悪いのかもしれないけれど、ストーリーだけ抜き出すと結構凡庸な気もする。それでも小野塚カホリが鮮烈な印象を読み手に与えるのは、肌にナイフをザクッと刺すような残酷さでレイプなんかを描きながら、同時に透き通った愛情をも描き出している点だ。これは他の短編にも共通する。彼女はあとがきで「ヒジョーに少女まんがです」と自作を語っているけれど、これほど乾いたリアリティーを感じさせるのは、セックスに何の幻想も持ち込んでないからかもしれない。細くて神経質そうな線や、モノローグと吹き出しとコマのゴチャッとした配置なんかが生み出す効果も大きい。

どうして思春期なんてあって/恋なんか知って/性なんか知っていくんだろう
 いいね、「NICO SAYS」のこのセリフ。
(NOV/09/98)



玉置勉強「メロドラマティック」 (ワニマガジン社)
 まるでB級ポルノみたいな表紙はお馬鹿って感じだけど、それも彼の芸のうち。やっぱいい線でいい絵を描く人だ。収録された作品の中には、落ちが見えてたり中途半端だったりでムラもあるんだけど、全体としてはしっかりしたストーリーでエロを見せている。彼の作品の魅力は、どこか退廃感や壊れた雰囲気が漂っているところで、読んでると、薄暗くて何もないコンクリ部屋の中にいるような気分にさせられる。

 この単行本に入ってる「鍵」や「もう、いらない」のように、青春って感じの切ない作品を描かせても上手いってのは新発見だった。特に気に入ったのは、母子家庭の中学生の恋人同士が主人公の「たぶん、しあわせ」。男の子は優等生だけど、女の子は落第生で、卒業後はホステスになることが決まっている。別々の道に進むことになるふたりが「俺達って…幸せなのかな」と語り合うんだけど、そのラストの場面では、会話してるのに一緒のコマには出てこなくて、それが切なさを倍増。これだけのために買って損無し。エロ描写と物語の両面でディープな作品を描いて欲しい人だ。

(NOV/09/98)



くらもちふさこ「天然コケッコー」第9巻 (集英社)
 西日本のとある田舎に住む少女の、自然に囲まれた村での恋人や仲間との日々。キャラはそれなりに人間臭くて、楽しいことばっかりじゃないけれど、だからこそ心にきらめきも生まれる。季節感の溢れる中、小さな出来事からすくいとられる機敏の鮮やかさ。物語の初めでは中学2年生だった彼女も今では高校1年生で、自分の父親と彼氏の母親の浮気疑惑だけでなく、彼氏の浮気疑惑まで浮上してしまった。就寝前に読めば鎮静効果もありそうな物語だけど、この作品がそれだけでは済まされないのは、くらもちふさこの穏やかなアヴァンギャルド精神が徐々に剥き出しになってきているから。その全てに対して心酔してしまう。

 この第9巻の見所は、何といってもscene.37。実に45ページもの間、完全にセリフが無いのだ。最後に唯一ちょっとした言葉が入るだけ。冒頭の風景描写からして胸に焼き付いてくるし、描かれているのもほんの1日の間のことなのに、かなりテンポの早い展開でテーマを浮き上がらせていく。サイレントの前衛性に溺れることもなく、ちゃんと意味が通じてしまうんだから恐れ入ってしまった。ちなみにscene.39では、突然1ページ丸ごと学校の平面図が現われる。コマとコマの間に空白が無くて、全部線で仕切られてる描き方も独特だけど、くらもちふさこはそれに飽き足らず、どんどん先鋭的になってる印象だ。72年にデビューしたベテラン作家が、これほど意欲的ってのもすごい話だよな。「オリーブ」のインタビューで、自分の性格は飽きっぽいと話していたけれど、確かにそうでもなければ、これだけラディカルな表現をベテランがやろうとは思わないのだろう。

 もうひとつ気付いたのは、第9巻になってもストーリーが全くダレていないことだ。伏線の張り方も巧みだし、父親の浮気疑惑と恋人の浮気疑惑がダブって進行しているという構造が成立している。1話の中での構成も巧みだが、同時に物語を1話だけで終わらせず、次回へ有機的に繋げていく手腕も素晴らしい。

 「天然コケッコー」は、田舎を舞台にしたほのぼの恋愛ストーリーという形容も出来るだろう。日常の瞬間の切り取り方の美しさ、そして人間の機敏の描き方の繊細さを見ていると、確かに納得も出来る。しかし、ネガティヴな感情もしっかりと表現されているわけで、実は非常にクールな視点から描かれていることは間違いない。平凡な日常にドラマを見出し、いつ終わるともしれない物語を紡ぐのに成功しているのは、そうしたある種の冷徹さと人間への愛情が両立しているからではないかと思う。

 そして、田舎が舞台であることも、失われ行くものを惜しみながら描いてるというよりも、実はすでに失われた架空の世界としてくらもちふさこは描いているのかもしれない。そんな気がした。匂わない郷愁を求める都会人のエゴなんて、平気ではぐらかしてしまうのだろう。

 とりあえず、まだ読んでない人は今すぐ本屋へ。そう言わずにいられない。

(NOV/09/98)



榎本俊二「エノティック」 (双葉社)
 飛び散る血と肉と糞便! コカコーラのCMのように爽やかに! それは言い過ぎか。ともあれ、この本に収められた短編は、どれも榎本俊二ならではエログロ&バイオレンスなタチの悪さが全開だ。

 麻雀誌に連載された「ロリロックン」は、毎回麻雀が出てくる以外はメチャクチャで、麻雀はダークさへの方便と化している。ルールなんて知らなくても読めるんだから、いいんだか悪いんだか。子連れでのホテル不倫と宇宙戦艦同士の闘いが同時進行する「スパーム・オブ・ラヴ」や、縦からでも横からでも読めてしまう「ABSOLUTE うんこ」なんかは理数系ギャグで、無駄に知性を見せ付ける。いや、本当に頭がいいと思う。この明晰さが、人道的な方向に活用されなかった事実は感動的ですらある。「COMIC CUE」に載った「われら動物家族!」は、原作が地下沢中也。弱肉強食をこれでもかと描く無慈悲さが、榎本とマッチしている。

 リズム重視の「えの素」とは違った、頭で練り込んだギャグ。腹を抱えて大笑いってよりは、読み終わってから感心して溜息ついちゃうタイプの「ギャグ」だ。

(NOV/09/98)