Vol.11 1998



山本直樹「フラグメンツ3」 (小学館)
 収められたどの作品にも、言葉少なに閉塞感が表現され、ここではないどこかへ行きたいという願いがある。そして、それが果たされることはない。トーンは一貫して静寂だ。

 「この町にはあまり行くところがない」は、同じ学校の女の子に誘われて思わぬエロ道中をすることになる男の子が主人公。かつて好きだった女の子が相手だったけれど、結局は彼女と別の男との痴話喧嘩の道具にされていただけだったと分かり、最後には触れさせてすらもらえない。2人の心情の捩じれ具合が不意にほどけたようなラスト1ページが切ない。

 終わらない悪夢の中の物語「小指の思い出」や、首を絞められないとイケない人妻とのセックスを描いた「ASPHYXIA」にしても、今ここにいることへの違和感、どことも知れぬ「向こう側」への憧れがあり、そうしたテーマは「奥さん、いいじゃないですか」にも共通している。「ぽつん」は、一読しただけでは分かりづらいほど構成が巧みだ。

 「みはり搭」は、ラストの展開が急がしい気がする。それでも、東京から戻ってきた女の子が言う「夢だね/『今よりもっとましな人生があるかもしれない』っていう悪夢」なんてセリフは、胸に刺さってしまう。山本直樹って、人間が心に抱える軋みを描き出すのが本当に上手い。完敗。MACによる彩色の淡い感じや、白さが目立つ絵も、この人らしい。

 早い話が、傑作揃いの短編集なのだ。

(NOV/09/98)



業田良家「詩人ケン」 (マガジンハウス)
 「詩人ケン」全10回と短編を収録。「増殖家族」を読んで思うのは、この人って貧乏人を描かせると上手いなぁってこと。そして、彼氏のできない女が片想いだけで幸せをかみしめる方法を周囲に伝授する「片思い道」を読むと、嫉妬やコンプレックスなど、人間の情けなさを描きながらも、突き放したところがなくて優しげであることにも気付く。名作「自虐の詩」を持ち出すまでもなく、業田良家ってのは慈愛の人なんだろう。一方で、「シアター・アッパレ」や「SAPIO」で連載している「ど忘れ日本政治」なんかは、力ある者へのシニカルな見方が全面に押し出されているという違いがあるわけだ。

 そして「詩人ケン」は、力なき者への愛情に溢れている。無職の詩人ケンは、世間の俗物たちとの関わりを通して愛と自由について考える。善と悪、力ある者と無い者、そんな現実に向かってうたわれる生活の詩。最初は単純な絵にストーリーだったのに、話はどんどん深くなっていく。ミサイルが飛んで来るような「おいおい」という極端な展開があって、大味だったり気恥ずかしさもあるけれど、そんな不器用さを超えて語ってくるものがある。それが業田良家というマンガ家の魅力なのだ。

(NOV/09/98)



井上三太「TOKYO TRIBE 2」 (祥伝社)
 井上三太のマンガって、なんか部室でじゃれ合ってる中高生的なユルさを感じて、今まで好きになれなかった。「BORN 2 DIE」も展開がタルくて仕方なかったし。そんなわけで、この「TOKYO TRIBE 2」もあまり期待せずに読んだのだが、こちらは意外と素直に楽しめた。

 ユルさはこの作品でも相変わらずなんだけど、カッコ悪いものはカッコ悪く描く分、キメる時はビチッとキメるというメリハリを付けてる感じで、そんなに違和感はない。大音響でラップが流れてきそうな作品舞台や、パースを大きく掛けた構図、マックが多用されて猥雑さが抜けきった絵柄は、確かに井上三太ならではの世界を作ってる。

 でも、かつての親友同志が敵味方に分かれて戦うというストーリーは、実はけっこうまっとうな少年マンガのような気がすんだよな。これは少年マンガの同時代的進化なのかな。短編集「井上三太」に収録されている初期作品の方が尖っている印象も受けたけど。

 スンミみたいな魅力的な女の子を描けるってのは、新鮮な発見だった。

(SEP/28/98)



町田ひらく「green-out」 (一水社)
 こういうポップな表紙だと、成年コミックのマークも可愛らしく見えてくる。しかし、そんなイメージを裏切るかのように、幼児の身体を精液が伝う短編5本を収録した単行本。

 「GUNと標的」は、時間軸が飛びまくる中で、心理的に追い込まれていく幼女レイプ犯を描き、「青空の十三回忌」では、子供の頃に女友達が誘拐された教師が、誘拐犯と同じ立場になって、彼女が殺害された事実を受け入れる。この2本は、けっこう技を感じさせる構成だ。

 連続4話の「お花ばたけ王朝紀」も、最終話では20年後で過去が語られるという複雑な構成になっている。哲学的な言葉が並べられている「深海人魚」だけはショタ。自分の身体を使って男たちを利用していく少女が主人公の「阿修羅満開」は、自分が女であることをうざったく感じているかのようなラストがいい。同じ町田ひらくでも、前に僕が読んだ「卒業式は裸で」よりも遥かに読み応えがあった。

 でも好みで言えば、繰り返される幼女レイプはやっぱ苦手だ。唯一救われるのは、「お花ばたけ王朝紀」の終わり方ぐらいか。読んでて気分が悪くなってきちゃったよ。作品を覆い尽くす、乾き切った陰惨さにもめげてしまう。もっとも、それは彼の表現が徹底していることの証拠でもあるんだろうし、オリジナリティーと力量は僕も素直に認められるんだけど。

(SEP/28/98)



宮谷一彦「肉弾時代」 (太田出版)
 本当はもっと初期の作品を読みたくて、とりあえずという感じで読んだのがこの「肉弾時代」。ところがこれも充分に衝撃的で、ガツンとかまされてしまった。

 「肉弾時代」の主人公である小説家M(どうみても三島由紀夫)は、自己の肉体を鍛えるだけでは飽き足らず、今やパンチドランカーとなった元ボクサー・武居と、元世界チャンピオンのケリーを対戦させようとセッティングする。それは闘いを自己目的化し、虚無と背中合わせの興奮の中にしか自己の存在を確認することができない男たちの殴り合いだ。そこには悲しみも約束されている。肉体と暴力の美に憑かれた男たちの物語に、見事に引き込まれた。

 そして圧倒的なのは、宮谷一彦の絵の書き込みの細かさと動きのダイナミックさだ。熱を持って張りつめる筋肉、肉と肉のぶつかり合い、飛び散る汗。美術の域にまで達してしまいそうな画力だ。  併録されている「肉弾人生」は、己のコンプレックスをバネにして生きる男たちが登場する。人生の深みを描く、骨太のドラマが見ものだ。

 「Quick Japan」のインタビューで宮谷は、注目している作家として新井英樹と遠藤浩輝を挙げていたが、この2人の存在に気付くことの出来る彼なら、いつか煮えたぎった新作をかましてくれそうだ。

(SEP/28/98)