Vol.9 1998



岡崎京子「UNTITLED」 (角川書店)
 この“新刊”の装丁はとても美しい。充実した内容と合わせると、悲しくなってくるほどだ。現在彼女がまだ療養中のため、「UNTITLED」という名で発売されたそうだ。

 3話まである「万事快調」は、3姉弟とボケた祖父の4人家族を、姉弟それぞれの視点から描いた作品。各自が抱えてるものと、家庭という場との距離を、暖かくも乾いた視線で表現している。もっと続く予定だったのなら、休筆を余儀されていることが惜しまれる。連作「恋愛依存症」は、ちょっと意外なオチのKARTE.3が一番好き。人生ってやつの影をチラリと見せる「お散歩」はかなり切ない。

 そしてこの単行本の中で最も印象に残ったのは、「ロシアの山」。ひとりの女の子の初体験を描いただけの作品なのだが、実験色の強い描き方が鮮やかで、ちょっとした衝撃を受けた。世間には腐るほどの数の人間が蠢いていて、その中でひとりの人間の悲しみや喜びなんて取るに足りないものだという事実を、雲の上から眺めているようなマンガだ。それは悪い意味で「高見に立った」というのではなく、もっと愛情に溢れていて、それでいて醒めた視線だ。人間ひとりの想いの自分自身にとっての重さと、人々の間での軽さの両方が語られている。

 彼女の大コマの使い方はいまいち馴染めなかったんだけれど、この単行本に収められている作品にはけっこう納得。「リバーズ・エッジ」以降の最近の彼女の単行本の中では、一番好きかもしれない。

(JUN/28/98)



松本充代「DROP BY DROP」 (アスペクト)
 ここ数年は原作付きの育児マンガの単行本が数冊発売されていた松本充代だが、オリジナルとしては92年の「私に足りないもの」以来の単行本ということになる。連載誌の「ビーム」は時々しか読んでいなかったので、やっと通して読むことが出来た。

 つまらない話題ばかりする友人たちと合わなくなり始めた高校生の祥子は、援助交際をするルミ、人間関係に冷めた男・遠藤と知り合いになる。レイプされて精神が壊れた姉を持つルミは、世間体を優先する家族に反発して家を出ていて、遠藤は母親に何度もフェラチオされた経験がある。そのためにルミは肉体、遠藤は人間関係から離れようとしている。3人は微妙な関係の中で次第に距離を縮めていくが、やがてそれぞれが抱えた問題が噴出することになっていく。

 松本充代は、その初期において、自己の女性性への嫌悪や戸惑いを露骨なほどに表現してきた作家だ。それが「ダリア・ダリア」あたりから、一歩距離を置いた視点から対象を描くようになってきた。現在「ガロ」に掲載されている諸作では、よりクールでディープになった印象だ。

 この「DROP BY DROP」では、別に援助交際の解決法が提示されるわけではない。ひとつの死を通して、それぞれが自分の進む道を見つけていくことになるという、ささやかなラストだ。きれいにまとまり過ぎている気もするが、それ以上に、松本充代が冷めた視線と優しい視線の両方を持って描き上げてるのが感動的ですらあった。若い頃の自意識過剰さについて触れたあとがきは無愛想なまでに短いが、優しさの安売りをしないその姿勢も素晴らしい。全9話完結の中編というのは、彼女の作品で最も長いのではないかと思うが、構成力もかなりのものだと確認できたことも嬉しかった。

(JUN/28/98)



楠本まき「致死量ドーリス」 (祥伝社)
 まさにスタイリッシュ&クールって感じの作品。全ページ2色カラーで、各話ごとに色使いが変る凝った作りだ。書き込みの少ない細い線で描かれ、ページにコマを詰めることもしない。モノローグが一言ずつコマ割りされていたりもする。

 体を傷つけることだけでしか自分の存在を確かめられない女の子が悲劇的な結末にいたる恋の物語は、ストーリだけみれば少々食い足りない気がする。凝った画面がストーリの進展を遅くして、その分ストーリーテリングが弱くなってしまった感もある。

 が、コマと吹き出しとモノローグが複雑に絡み合って生み出す緊迫感は、強迫観念を表現するのに成功している。ほとんどモノローグの最終話に顕著なように、マンガから脱線することも恐れないその表現は、破調の美しさとも言えるかもしれない。

(JUN/28/98)



おおひなたごう「おやつ」 (秋田書店)
 「少年チャンピオン」の連載をまとめたもので、読む前は子供向けに甘口になってるんじゃないかと懸念したものの、相変わらず悪ノリしてて大笑いさせられた。ほのぼの少年マンガの化けの皮をかぶってはいるものの、脱臼したかのようなギャグの連続で、しかも毒が多いときている。でも、最初の方に多いマンガの文法を逆手に取ったようなメタなギャグなんて、ガキどもは直感的に理解できるんだろうか。分かるんだったらなんか凄い気がする。
(JUN/28/98)



華倫変「カリクラ」第2巻 (講談社)
 最初に出た短編集「カリクラ」の妙に毒々しい装丁も意味不明だったが、今回はさらに奇天烈。実物は本屋で見てもらうしかないが、なんかベックやボアダムスのアートワークに近いノリを感じてしまった。

 中身の方では、江戸時代の遊女を主人公にした「桶の女」が異色。まさか華倫変が時代劇をやるなんて予想したいなかったので、つくづく油断のならない男だと思う。命の虚しさと死を見据えたこの作品はかなり出来だ。

 華倫変の魅力は、異常なほどアクの強いキャラと、業の深さが先走りしたような独自の発想による展開だと思う。この短編集でもその点は変わっていないので、それなりには楽しめるのだが、いかんせん中途半端なものも多かったりする。その中では、ホモ少年とアメリカからの留学生(やはりホモ)の交流を描いた「バナナとアヒル」のねじれ具合が好きだ。この作品の、ヤケクソのようなアヒルの絵は衝撃的でさえある。

 「援助交際」では妙に虫が飛んでいると思ったら、逆柱いみりの影響だという。いろいろ読んでるんだと少し驚いた。

(JUN/28/98)