Vol.7 1998



鈴木志保「船を建てる」 (集英社)
 「CUTiE COMIC Vol.2」(宝島社)に掲載された「ロータス1、2、3」には衝撃を受けた。時間軸を壊 しかねない複雑なコマの配置、コマいっぱいの文字列など、かなりアヴァンギャルドなのに、胸に染みて しかたない。飼い主の死によって、死の意味に直面する謎の生物「ノラ」を通して、世界の残酷さと美し さを描き出す感動的な作品だった。

 そして買いに走ったのが「船を建てる」全6巻。以前から気になっていたのだけれど、彼女の描くキャ ラは妙にのっぺりした感じで、どこかグロテスクな気もする。でも可愛い。白と黒のコントラストが際立 った絵は、目に刺さるようだ。コマ割りの独特さは言うに及ばず、大胆な見開きの使い方も堪能できる。

 描かれるのは、アメリカで暮らすアシカたちの日々。読んでいると哲学な印象すら受けるのは、日常と 隣り合わせに存在する死を見据える視線があるためだろう。それは湿気のない、驚くほど乾いた視線だ。

 そして沈没する船が繰り返し登場して、絶えず世界の終わりを予感させる。ラストのネタばらしは避け るが、最終話を読み終えた後、この物語の世界の設定を知ってしばし呆然としてしまった。

 世界は終わり、そしてまた始まる。「船を建てる」と「ロータス1、2、3」は、実は同じテーマを描 いていたのを知って、また衝撃を受けることになった。

(JUN/28/98 この文章は、同人誌『PARKING』に寄稿したものです。)



唐沢なをき「怪奇版画男」 (小学館)
 もしもギャグマンガ家の殿堂とかがあったなら、この一作で彼の名を付け加えてあげたい。絵は木版画、ネームもゴム版画、挙げ句は単行本の奥付や帯まで版画。少なからぬ人が思い付いても実現不可能だと手をつけなかったであろう領域へ足を踏み入れたのは、やはり唐沢なをきだった。

 当初は年賀状ネタが続くが、次第に麻雀・高校野球・刑事・人情モノ(?)と版画を絡めていくアイデアの強引さはいつもの通り。しかしこの作品では、マンガの世界と現実を混同する、お得意のメタ手法のギャグもここぞとばかりに全開だ。魚・野菜・顔・指紋などに墨をつけて押しまくり、手間も省けて一挙両得。怪人プリントゴッコは手で書いてるのかと思ったら、本当にプリントゴッコで印刷しているらしい。動揺しているキャラのセリフが逆に彫ってあるとか、彫りまくって腱鞘炎といったギャグには、この作品の特殊性を逆手に取って嬉々としている唐沢なをきの姿が見えるようだ。もちろん苦労してるだろうけど。

 インク切れや紙版画までギャグに取り込み、挙げ句は2色刷り・多色刷りと末期的に凝っていく。この無限地獄に喜んで落ちるような求道者精神は、もはや「美しい」と形容するのが適当だ。人間には努力でしか獲得できないものがあるという好例だろう。いきなり人生論に持ち込むことないか。

(JUN/28/98 この文章は、同人誌『PARKING』に寄稿したものです。)



華倫変「カリクラ」 (講談社)
 クラスでは目立たず気難しそうだけれど、話してみるとメチャクチャ面白いやつ。華倫変はそんなイメージの作家だ。あまりにも絵が下手なため最初は読むのに勇気が必要だったが、実は以前より格段に上手くなっている事実を単行本で知ってまたビックリさせられた。そして、アクの強いキャラクターたちによるコテコテした世界は、「なんだこりゃ」と思いつつもクセになってくるから困ったものだ。

 しかしこの男、すべての作品につけられた解説を読むとなかなか客観的に自分の作品を分析している。中には明らかな失敗作もあるが、本人が自覚しているのは心強い。キャラクターや設定については意識的に実験を繰り返しているようだが、作品が新しくなるほど味付けが極端になって、キャラに頼っているという印象も受けるのは難しいところだ。そのねじれ具合がまた面白かったりするのだが。

 その一方で、ちばてつや賞受賞作である「ピンクの液体」は、今の彼からすると驚くほど淡白だ。デートクラブで働く女の子と、彼女を新薬の実験台にする医大生の、微妙な距離を描いた作品で、生きることにも死ぬことにも現実感が無い主人公が淡い幸福感を見つけるラストはとても印象的だ。

 どの作品にも一貫しているのは、意図的にストライクゾーンを外しながら、常識とのズレを巧くすくいあげて物語を作るセンス。これは強力な彼の個性だ。

(APR/02/98)



高野文子「ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事」 (マガジンハウス)
 87年に小学館から発売されたものの絶版になっていた「ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事」が、マガジンハウスから再発された。左の表紙画像は、小学館のオリジナル版のもの。

 見事なカメラワーク…とつい口走ってしまいそうになるほど、彼女の作品はコマの中の構図が素晴らしく、良質な映画を観ているようだ。この「ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事」の冒頭部分では、クレーンで俯瞰撮影したかのように視点が移ってゆき、部屋の様子から謎の男達、そして窓の外の主人公へと、描かれる対象が変わっていく。初めて読んだときは、あまりの鮮やかさに気が遠くなったほど。端から端まできっかりと線を引かず、丸みを帯びたフォルムを生み出す描線も魅力的だ。くわえてコマ割り、中でも大コマの使い方は抜群に巧い。一読すれば、彼女が寡作の天才と呼ばれるのも納得できるはずだ。

 ストーリーは、デパートに就職した少女ラッキーが、他国へのデパート出店計画をめぐって動くスパイたちに立ち向かうというもの。スリルやサスペンスの要素もある一方で、このレトロで暖かな世界はなんとも心地よく、見ているだけで胸が高鳴る。スパイたちと争う場面の活劇描写や、クライマックスの盛り上げ方など気が利いていて、高野文子監督による娯楽大作といった趣の作品だ。

(APR/02/98)



OKAMA「めぐりくるはる」 (ワニマガジン社)
 額に入れて部屋に飾りたくなるような表紙に惹かれ手にとったこの本、ページをめくってみると実はエロマンガだった。このOKAMAという奇妙な名の作家の、人工的な質感とアナログな温もりが同居する絵は、「かわいい」の一言で済ませないほど魅力的だ。

 しかし彼の作品は、エロがメインとは思えないものも多い。「120Wのぬくもり」や「保健所の彼女」といった短編では、他人と接触することへのとまどいなど、ディスコミュニケーションがテーマになっている。

 そして全3話の「カナリア」ではその傾向が一層強まり、もはやエロはストーリーの一部として有機的に組み込まれている。主人公の少年の死んだ母親が「劣等」と呼ばれる人間だったという伏線が、説明不足のために活かされきっていない点は惜しい。しかし、みなしごの美声の少年と、父親から性的虐待を受ける少女の愛の物語に、すれっからしの僕の心も動かされてしまった。無垢だの純粋だのといったテーマは、往々にしてクサくて見れたものではないが、この作品は嫌みもなくそうしたテーマを描ききっている。画力も高く、街並みの描写一つ取っても非常にリアリティーがあり、物語に説得力を与えている。世界観を貫徹する力量はかなりのものだ。エロマンガにもこんな人材がいるのだから気がぬけないと、いまさらになって気付かされた。

 「快楽天」での新連載「せんたく」は妙にフェティッシュ。こちらも要注意だ。

(APR/02/98)