Vol.4 1997



町野変丸「大穴」 (一水社)
 手段とは本来目的を実現するためのものであり、手段と目的を取り違えることは、愚かなことであるとされている。ならば、読者に劣情を催させるという本来の目的を忘れて、横道に暴走してしまった町野変丸の作品群はどうなるのか?いや、もはやこの「ほがらかスプラッター」な表現自体が目的化しているのか?一応エロマンガに分類されながら、そんな次元を越えた彼岸にまで達している彼の作品は、もはや爽快ですらある。こう真面目に書いてると馬鹿馬鹿しくなってくるぐらいに。

 「COMIC CUE」で一度読んだことしかなかった彼だが、単行本を読んで、一気に頭が混濁してしまった。真面目に描いてるのは主役の女の子だけで、他のキャラやバックは殴り書き。なんとも潔いじゃないか。小道具は、アイスキャンデー・プールの浮き・除夜の鐘・豚などなど。何のことかわからないかもしれないが、わからない方が身のためかもしれない。詳しい人によれば彼もワンパターン気味らしいが、これだけ異常な発想を次々と生み出し続けたら、それはそれで恐ろしことのような気もする。肉体の変質にかける、この理由なき執念。美しい。

 余談だけど、無邪気なエログロ感覚に溢れたこの本を子供に見せたら、きっと大喜びするだろうな。親御さんには怒られるだろうけど。

(OCT/26/97)



貞本義行(原作/GAINAX)「新世紀エヴァンゲリオン」 (角川書店)
 なにかにつけてアニメ版と比較されてしまうのは仕方のない運命だが、マンガ版にも充分に独自の魅力がある。アスカは試験管ベイビーであるなど、微妙な設定の違いも今後の展開に期待を持たせるし、なにより妙にのほほんとした独自の空気がキャラクターたちにあるのが面白い。特にアスカの性格は凶悪なほどで、アニメ版よりも極端だ。アニメ版とは違った魅力を持つ、貞本色に彩られた世界があるのだ。

 また、彼の描くキャラクターたちはとにかく表情が豊かだ。コマ割りは四角形を基本とする古典的なものなのだが、それでも戦闘シーンはスピード感に溢れている。この辺には、16歳でデビューしただけの才能を感じさせる。

 もう単なるラヴコメになってもいいから、とにかく完結して欲しいなぁ。受け手への悪意に溢れた劇場版完結編が、独立したマンガ作品の命まで絶ってしまわないことを祈るばかりだ。もしそうなっても、それはそれでエヴァらしいんだけどね。

(NOV/02/97)



しりあがり寿「真夜中の弥次さん喜多さん」 (マガジンハウス)
 同性愛関係の弥次さんと喜多さんが、喜多さんのヤク中が直るよう伊勢神宮にお参りに向かう道中記。こう書くと馬鹿馬鹿しいギャグのようだが、全編に満ちるアシッド感は尋常ではない。横尾忠則デザインの表紙からして、かなりトリップ気味だ。

 第2巻では早くもクライマックスを迎え、物語は生と死の虚無をさまよい、幻夢の中で展開する。決してうまいとはいえない彼のナヨナヨした線で描かれると、不安定さが倍増して、ある種の不気味さを感じ続けることになる。ベタなギャグがあっても、それがかえって不安定さに拍車をかける。

 そうした点で、深遠なテーマを深刻ぶって精密に描く…という世間に溢れるパターンとは180度逆のベクトルを向いているのがこの作品の特徴だ。それゆえに一読した後のショックも大きい。

 ただ、いかにも知識人ぶった美辞麗句を並べた中沢新一による解説は不快。この作品に権威の飾り付けなんて要らないだろう。「真夜中の弥次さん喜多さん」は、そんな形骸化した方法論へのアンチローゼに満ちているのだから。

(NOV/02/97)



おおひなたごう「ヨーデル王子」 (イーストプレス)
 パチンコ誌でパチンコ以外のテーマのマンガを連載するのは無理がありそうだが、パチンコを知らない作者がパチンコ誌でパチンコマンガを連載するというのはもっと無茶なんではないだろうか。その無茶の結果がこの「ヨーデル王子」。タイトルだけでは意味が分からないが、読んでもやっぱり分からないというすごいマンガだ。

 おおひなたごうのマンガは、どうも予定調和からはずれ気味だ。でもそれは気張った結果というより、なんか最初から見てる方向が違うために定型から逸れて行ってしまったような印象だ。この「ヨーデル王子」は、カップラーメンの空き容器が転がるアパートの部屋で休日を無為に過ごしているような、ほどよい脱力感が心地いい。

 もっとも、予定調和の破壊をより確信犯的に押し進めている最近作に比べるとインパクトが弱いのも事実。早いとこ次の単行本(マンガオンリーのやつ)を出して欲しいもんです。

(JAN/14/98)



南Q太「愚図な女ばかりじゃないぜ」 (ぶんか社)
 南Q太のマンガの登場人物って、どうしてこうも生き生きしてるんだろう。登場人物が作者の分身であるために、別々のキャラがどれも同じ人格なんてのはよくあることだが、彼女のマンガの場合、一見同じようなキャラにもしっかりそれぞれの個性がある。これは相当な人間観察眼があってのことだと思う。

 作風は相変わらずで、当然相変わらずカッコいい。新機軸は自身の出産を描いた「にんぷちゃん」で、「不安よりも期待の方が大きかった」という彼女が出産で苦しむ様子が描かれている。妊娠した自分に妙な存在価値を見出したり、生まれた子供を自己満足の道具にしようとするなんて気配はさらさら無し。苦しかったけど生まれて良かったねーってな感じで淡々としているのが、これまたカッコいいのだ。

 家庭でも学校でも孤立する高校生を描いた「スクール・デイズ」も、湿気を排除した表現が逆に後を引く。

 南Q太に「愚図な女ばかりじゃないぜ」と言われたら、仰せの通りですとうなずくばかりだ。

(JAN/14/98)