Vol.25 1999



宮子和眞監修「インドア・ポップ・サイクル」 (ミュージック・マガジン)
  騒々しいだけのロックが自己吐露的な歌詞を叫べば「オルタナティヴ」と呼ばれていた時代があって、僕がそういう風潮にうんざりしてたのは遠い昔のことではない。MUSIC MAGAZINE増刊「インドア・ポップ・サイクル」は、そうしたマッチョ的なロック観とは対照的に、ライヴでの再現性よりもスタジオでの作業を重視したロックやポップスに焦点を当てたガイドブックだ。こう表現するとかつて岩本晃一郎が編集していた「ポップインズ」みたいなもののようだけれど、ビートルズ直系はバッサリ切り捨てられていて、基点となるのはTHE BEACH BOYSの「PET SOUNDS」やVAN DYKE PARKSの「SONG CYCLE」。サウンド面の実験性を重視した内容とも言えるだろう。かつてのバーバンク・サウンドから、シカゴやアセンズ界隈での現在の動きもフォロー。宮子和眞のセレクションによる「CD BEST 100」は、100枚中40枚近くを僕も聴いていて、かなり趣味が合うので参考になった。ガイドブックの役割は、読者にとって未知のアーティストを紹介したり、既知ではあるものの聴く決め手がないアーティストへ背中を押したりすることだと思うが、主観性と客観性のバランスが取れたレヴューが多いのでそうした役割は果たせている。ただ、MUSIC MAGAZINE増刊はどれも安っぽい表紙デザインが残念。
(NOV/15/99)



桑島ユウキ「デビッターズ 返して☆勇者さま!」 (マイクロデザイン出版局)
 この手のファンタジー系の小説は全く読んだことがないのだが、この小説ときたら、ファンタジーという構造を逆手にとってギャグにするメタ小説だった。つまり物語の設定や構造に、ファンタジー小説一般に対する批評性が明確に出ているわけで、本編やあとがきだけではなく、宣伝文句まで「こいつ、どっかのヒロイックファンタジーでも読み過ぎたか?」という具合で徹底されている。物語に浸ってると突然我に返されてしまうような仕掛けがあって、ファンタジー本来の性質と根本的に矛盾することすら恐れていない。キャラの間の抜けた味わいが作者の個性。バラエティーに富んで「さあ使え」と言わんばかりの性描写の中でも、メイドプレイにおけるハードな描写に、メイドにかける作者の心意気を感じた。
(NOV/15/99)



宮台真司「野獣系でいこう!!」 (朝日新聞社)
 副題に「非論壇的情報戦」とあるこの本は、一般誌・論壇誌・エロ雑誌などがそれぞれの共同体に閉じこもってしまった「島宇宙化」状態に対抗するために、これまでのインタビューや対談を、雑誌の種類や商業誌かミニコミ誌かを問わずに収録したもの。「島宇宙化」というのも、彼が言うところの「まったり生きる」ための重要な要素じゃないかと思うのだが、発言者としての彼自身はそういう状態を拒絶しているわけだ。

 宮台真司という人は、情況に応じて挑発的な言説を繰り出せる戦略家だと思うのだが、95年以降の様々な時期に収録されたインタビューや対談は、99年も終わりに近づいた現時点で読むと退屈な部分がある。その中で興味を引くのは、ミニコミ誌の取材に自分の実存を語った2本のインタビュー。個人的な経歴を話すことによって読者が癒されることを意識しているという彼が語る自分史は、小学校時代は幾度となく転校したことや、テレクラに走ったのも自傷性行為だということ、実は情動的な人間であることなどを話していて、宮台真司の言説にうなずきながらも、彼と自分とのあまりの違いに悩んでいる人々を確かにある程度は癒しそうだ。しかし、東大入学後は映画サークルでモテまくって「昼夜を問わずセックスにハマ」り、学生企業設立なんてこともしていたのだから、それを聞いても僕は別に癒されないのだけれど。

 ともあれ、内容はもちろんのこと、姉ちゃんがケツを向けてるホンマタカシの写真を表紙に使ったり、質の悪い紙で本を厚くしてみたりと、一冊まるごとが新保守の神経を逆撫でする装置として成立しているのは見事。

(NOV/15/99)



浅田彰・田中康夫「憂国呆談」 (幻冬舎)
 浅田彰と田中康夫の時事対談集。94年の終わりから98年末までの政治・経済・文化について語りまくっているのだが、その語り口の鋭さといったらもはや口汚いほどだ。人間批評のこの厳しさからすると、この二人はお互いを腹の底ではどう思ってるんだろう。

 ともあれ幾度となく嘆かれるのは、日本人の民度の低さ。そして国民はそれに見合った政治家しかもてないと指摘し、なにかにつけてインフラストラクチャー整備をしたがるこの国の土建屋体質について言及している。こうした威勢のいい物言いに触れるとすぐに溜飲を下げてしまいがちであるだけに、個々の問題についての彼らの意見を鵜呑みにするのは避けたいものだが、世間を覆うムードに取り込まれずに悪態をつくことも恐れない姿勢は見習いたいものだ。

 読みながらつくづくと思ったのは、発言にある程度の影響力を持ちうる文化人だと、社会的な問題について発言する際の虚無感と無縁そうだということ。しかも後半では、民度の低さや土建屋体質の問題と絡んで、田中康夫が神戸空港建設反対運動を進めていくことになる。個がフレキシブルに連携できるネットワークを理想としつつ、これを体現しようとする行動力は大したものじゃないか。ただし、現在まで神戸空港についての住民投票が実現していないところに現実の困難さも突きつけられるわけなのだが。

(OCT/04/99)



「AVANT MUSIC GUIDE」 (作品社)
 ノイズ・電子音楽・ミュージックコンクレート・ミニマル・前衛音楽・実験音楽・フリージャズ・ワールドミュージック・反音楽など、恐ろしく幅広い「音楽」についてのガイド本。テクノやアヴァンギャルド系のロックなどがこの本の中では比較的ポップに見えるほどで、クラシック寄りのポスト・アヴァンギャルドや、音楽というよりは「音」であるサウンド・アートまでが同列に扱われているのはラディカルなほどだ。ただしそれは、音楽的な快楽をもたらすものと、理論優先で必ずしも音楽的な快楽をもたらさないものが同列に並べられていることも意味している。そのため本書の評論における評価にも違いが見える部分があるけれど、そういう部分を差し引いても、「テクノロジー」と「脱ジャンル」をキーワードにして一貫している編集姿勢は得難いものに感じられた。

 それぞれのジャンルの古典を解説し、代表的なアーティストとその作品の紹介を紹介、そして他のアーティストのディスクガイドもあるという構成はなかなか親切。個人的には、ミニマル・ミュージックのTerry Rieleyについて知ることができたのが収穫だった。本書は、断片的な情報しか知らなかったミュージシャンや音楽について、点と点を線で結ぶ役割を果たしてくれる。一部、抽象的で理解しづらい解説も見受けられたが、ドットの荒い写真の数々に怖気づいてしまうにはもったいない本だろう。

(OCT/04/99)