Vol.15 1998



岩崎保子「世間知らず」 (集英社)
 新人作家のすばる文学賞作品。好きなマンガ家がおおひなたごうっていうのに興味をひかれて読んでみた。

 仕事に就いては辞めてしまう画家志望のエリコは、やりたいことをやるため生活のために働くことを投げ出したものの70円しか手元に無くなり、ゲイの友人・夏樹にもとへころがりこむ。以前からアルコールを手放せなくなっていたものの、やがて完全なアル中になり、24時間酔っ払い続ける生活になる。自活せねばと思っていながら、酒に手を伸ばしてしまう無限地獄の中、酒代を減らそうと外国の飢えた子供たちへの慈善事業に参加してみても、結局リーダーの夫と不倫してしまうだけだ。自堕落な質ではないと思いつつもやはり自堕落。自意識をコントロールできない主人公のダメっぷりは、どうにも他人事と笑ってられなくて、読んでてヒリヒリ胸の痛むものがある。でかい一発なんて何も起きない生活の中で「未来」を夢想していただけだったと気付く場面も、我が身のことのようで痛いったらありゃしない。

 不倫を繰り返すエリコは、子供を持ちたくないと願う。それは母がガンで入院している間に他の女と子供を作っていた父親への反発だ。そして終盤、父の死によって、今まで持っていた自立しなければという思いは父への意地であったことに気付かされる。彼女はひどく怠惰になり、酒の飲み過ぎで膵炎になって入院。退院後はアルコールを断ったものの再び手を出して、夏樹に見つかってしまう。しかし夏樹は怒らない。

 そんな夏樹は生殖を目的とした関係になることのない相手であり、彼に甘えてしまうエリコは、自分の父のようになることのない、新しい「父親」を見つけたのだ。なんとも皮肉な終わり方じゃないか。トラウマから逃れられず、自意識の重みにも耐えられない。そんな人の業の深さを描いたこの作品、自嘲的な空気もありながら、ひどく切ないのだ。

(AUG/24/98)



伊藤たかみ「卒業式はマリファナの花束を抱いて」 (河出書房新社)
 71年生まれの文藝賞出身作家の第3作目。

 もうすぐ大学を卒業するサラは、血のつながらない妹のエミリと暮らしている。不安神経症のエミリは、マリファナやらLSDやら覚醒剤やらでラリってばかり。UPなったりDOWNになったりして、その中間にある日常の感覚にはとどまりたくないのだ。そしてサラも、かつての恋人である京平のしつこさに疲れてドラッグに手を出しはじめる。エミリの実の姉は数年前に自殺していて、家庭はいつまで経っても安定しないまま。サラとエミリはそれぞれに揺れ続け、そしてお互いが持ち続けていた想いに気付くことになる。

 主人公の女言葉の使い方がどうも気になったが、それも「ポップな文体」と表現するとOKな気がしてくる。精神的葛藤と快楽原則の間で浮き沈みする毎日の描写は、軽やかながらも倦怠感に溢れた感じだ。根底にあるのは絶望感、最後に待っているのは崩壊。なのにラストは、そんなことを忘れたかのようにピースフルな疾走感に満ちていて、読んでいて気持ちいい。けっこうディープなテーマを扱っているのに、どこか甘い雰囲気が失われないのは、毒さえも飲み込んだ健やかさがこの作品にあるからだろう。

(AUG/24/98)



文藝別冊「'90年代J文学マップ」 (河出書房新社)
 90年代にデビューした若手作家を中心に、99人の作家を紹介し、文学の現状をおおまかに捉えた本。インタビュー・対談・エッセイなどもある。メインである作家ファイルのうち、90年代デビュー組は知らない作家が圧倒的に多くて、かなり有益。「文藝」出身の作家が多いんじゃないの?なんて勘ぐりもしたが、文芸誌をあまりよまない僕のような人間にはやはり便利だ。ただ、デビュー作が独立項目なので作品リストに無いってのは不親切かな。

 阿部和重のインタビューで一番驚いたのは、彼がくらもちふさこの「天然コケッコー」を読んでいて、説話上のテクニックについて言及していたこと。鈴木清剛の短編は少年が主人公で、ちょっと今までの作品とは違った視点から描かれている。中盤は全部会話文ってのも、小手先っぽいが嫌みがなくて面白い。

 他にも、黒人化・プロレタリア文学・セゾン系・ガジェット派などのキーワードで現在の文学が分析されていて、大上段に構えた「文学」が苦手な人でも、気軽に読んで活用できそうな一冊だ。

(AUG/24/98)