Vol.7 1997



「Pop Culture Critique 0.」 (青弓社)
 これが創刊号のアニメ・マンガ評論誌で、宮崎駿特集の同「1.」と同時発売。誌面の大部分を特集に割く編集形態は、雑誌というよりムックのスタイルに近そう。「『エヴァ』の遺せしもの」と題された「0.」を買ってしまったのは、僕の悲しい性ゆえだ。文字が詰まった誌面は、その3分の2ほどがエヴァ関連で、その他が「ぼのぼの」「装甲騎兵ボトムズ」などの作品についての評論。

 そして肝心のエヴァ評論なのだが、独自の視点を持った内容でそれなりに読ませはするものの、今ひとつ新味が無い。難解な言葉を弄するばかりで、自家中毒になっている評論もある。結局、どれも他のメディア、特に第三書館の出版物で語られてきたような印象のものばかりだったのは残念だ。

 個人的に面白かったのは「美少女コミック研究序論」。そのジャンルの表現形式の特徴や、専門誌同誌の比較などを、過去の文献にも当って検証したなかなかの労作だ。僕はこれを読んで、「ホットミルク」を買おうと探し回ってしまった。

(JAN/29/98)



EYECOM Files編「こんにちはアイドル」 (アスペクト)
 タイトルこそ間が抜けているようだが、この本に込められたエネルギーは壮絶だ。この本の編集の中心になったのは、かつて発行されていたミニコミ「よい子の歌謡曲」関係者だというのだが、まさにアイドルに人生の一時期(あるいは今も)を預けた人間だけが体現できる熱に満ちている。舐めてかかるのは厳禁。

 冒頭からしてアイドルの定義が問われのだが、これがまた不毛なほどに多彩な解答が各人によって導き出されている。しかし、これが奇をてらったものではないことは読み進むほど明らかになる。拡散する「アイドル」という存在をマクロに捉えた結果がこの本なのだ。B級アイドル研究やチャイドルなどの新旧アイドル定番ネタを踏まえた上で、「ジャーニーズとフェミニズム」「アイドルと激痩せ」など独自の視点でも攻め込む。硬派な分析があるかと思えば、わけのわからないマンガもあったりで、硬軟のバランスも見事だ。この世を去った岡田有希子や堀口あやこへの深い愛情にも胸打たれるものがあった。

 中でも嬉しかったのは、「複雑な彼女達と単純な彼ら」と題された、非職業作家のミュージシャンのアイドル仕事の記事だ。かつて歌謡曲の作詞・作曲・編曲のクレジットを細かくチェックしていた僕のような人間にとっては、新たに知ることも多く、同時に懐かしい。またムーンライダーズの歌謡曲での仕事や、アイドル歌謡専門DJの記事も面白かった。

 他にも「アイドルとしてのエヴァンゲリオン」や、CoCoとグレイトフル・デッドの比較など、引き込まれる記事だらけ。極めて広義の「アイドル」への愛情こそが、単なるアイドル本にとどまらないほどの視点をこの本が獲得する要因となったのだろう。もしあなたの本棚に、稲増龍夫「アイドル工学」や金井覚「アイドルバビロン」なんて本が並んでいるのなら、ぜひこの「こんにちはアイドル」もその棚に加えるべきでしょう。

(JAN/29/98)



新潮45別冊「コマネチ! ビートたけし全記録」 (新潮社)
 たけしについての評として、「メジャーでありながらアウトサイダーでもあり続けている点が人気の秘密だ」という内容のものを読んだことがある。これはなかなか的を射ているのではないだろうか。個人的にも彼の悪漢としての存在に魅力を感じるし、その辺はムーンライダーズの鈴木慶一にも共通するものを感じる。個人的には、より情けなさが漂う点で鈴木慶一のほうが好きなのだが。

 この本で一番興味深かったのは、たけし軍団による放談会「バカ殿言行録」だ。弟子達に対しては徹底的に暴君として振る舞う姿は、テレビからは窺い知れないもの。この針の振り切れ方は、ある種の屈折を抱えたビートたけしの内面を物語っているような気がした。その一方で、フライデー襲撃事件やバイク事故の後の話などでは、子分思いの親分の姿を見せ付ける。期せずして、苦労も笑いも涙も揃っているのがこの記事だ。

 目玉のひとつは松本人志との対談だろうが、これは松本が猫をかぶっているし、なんかお互いの出方をうかがってるような様子でつまらない。松本はさんざん罵倒していた横山やすしのことも無難に語っていて、彼の卑怯さがよーく分かるのは収穫か。

 予定調和的で好きになれなかった映画「キッズ・リターン」の続編である小説「キッズ・リターン2」は、これまた凡庸な出来だ。やはり敢えて若者に希望なんて与えなくていいのだ、彼は。文芸評論家・福田和也による作家・ビートたけしの分析も興味深いが、この小説についても論評して欲しかった。

(FEB/18/98)