Vol.5 1997



斎藤綾子・伏見憲明「対話 快楽の技術」 (河出書房新社)
 一般的ではないとされる性嗜好を持つ斎藤綾子と伏見憲明によるセックス対談集。斎藤綾子はバイセクシャルを公言する作家。大学時代に彼女の「愛よりも早く」を読んだ時のインパクトは強烈で、それは欲望を全開にして何の迷いも無く突き進む姿への驚きだった。片や伏見憲明はゲイのライターで、「KICK OUT」というミニコミも発行していたはず。この2人の強烈な対談は、性の根源的な問題から始まって、次第に性器やSM・乱交などの各論へ移行していく構成になっている。ヘテロの僕には勉強になりました、ホント。

 なかでも興味深かったのは、2人それぞれの生い立ちが語られている部分。斎藤は、家では全裸で過ごす父と仕事優先で家事をしない母という家庭で育ち、幼い頃から主婦の役割を強制されてきたという。子供の頃から女の子っぽかったものの自分では気にしていなかったという伏見は、「男制」の象徴として自分に重荷だった父の死に、心から安心したそうだ。

 ともすれば過激さに目を奪われがちだが、2人の性愛経験のバックグラウンドを知ってから読むと、含蓄の多さがかなり違ってくる気がした。いや、そうしたバックグラウンドこそが性嗜好に投影されるんだから当然か。とにかく、「人生いろいろ」と安直にまとめるにはコア過ぎる1冊だ。

(NOV/28/97)



ロフトブックス編「教科書が教えない小林よしのり」 (ロフトブックス)
 宅八郎・松沢呉一などが参加したロフトプラスワンのイベント「第2回放送禁止大学」の模様を中心に、「SPA!」に連載されていた「週刊宅八郎」の記事などの資料も収録した本。宅八郎の攻撃的な手法に疑問を感じる向きは多いだろうし、実際僕もその1人だが、この本を読む限り彼は非常に論理的に小林を批判している。もちろん宅や松沢が詐術を駆使している可能性は否定できないが、それでもこの本を読むと、小林への疑惑は強まるばかりなのだ。

 かつて「SPA!」で展開された小林と宅の闘争は、やがて小林が「SPA!」を去り、宅の連載が打ち切られるという結末を招いた。本書はこの前後の事態の推移を詳解し、小林が「ゴーマニズム宣言」及び「新ゴーマニズム宣言」で展開した宅一派への攻撃の矛盾点を指摘するものだ。特に、「SPA!」を去るまでの経緯は小林の発言と大きく異なる。この点については、小林よしのりファンの人にぜひ一読して欲しい。一連オウム事件の中で、小林は「宅・松沢・SPA!=親オウム」という図式を形成し、「ゴーマニズム宣言」で盛んに繰り返した。あの状況の中で、早くからオウムを批判してきた小林には大きな「説得力」を感じたのも事実だ。しかし、そうした状況を脱した現在、時間軸に沿ってあの一連の事態を見直した時、小林の言動は矛盾点が余りにも多いことに気付かされる。

 意外と秀逸だったのは、玄田生によるマンガ「逆ゴーマニズム宣言」。マンガ家としての才能が枯渇している点や、絵による安易かつ卑劣なイメージ操作など、漫画家としての小林よしのりの問題を見事に指摘している。僕は小林のマンガ家としての力量に疑問を持っていたのだが、この「逆ゴーマニズム宣言」は、その思いを形にしてくれていた。あとは、あのベタベタした過剰な表現についても触れていれば完璧だったと思う。

 ところでこの本によれば、「オルタカルチャー日本版」の編集者は、小林よしのりが連載をした「宝島30」のスタッフだったという。奇妙なほど小林よしのりを礼賛する記事が「オルタカルチャー日本版」にあったのも、これでやっと納得がいった。

(DEC/08/97)



桝野浩一「桝野浩一短歌集1 てのりくじら」 (実業之日本社)
 以前ロフトプラスワンで僕の前に座っていた彼は思いの外大柄な印象で、僕は少し驚きながらカウンターからまわってきた鳥龍茶を彼に渡した。メディアで見る彼は飄々としてつかみどころがなさそうだけど、実物は意外なほど存在感があった。それはたぶん髪形のせいだけではないだろう。

 文字列の占める割合がかなり低い紙面、本の薄さ、そして1000円という価格のため、書店で手にして一瞬買うか迷ったのがこの短歌集だった。これは第1集で、第2集も同時発売されている。

 特殊歌人を名乗る彼の短歌には、どこか倦怠感や苛立ちが漂っている。それを屈折という一言で片付けることは簡単だが、そこに計算高さと同じくらいの真摯さもうかがえる点は大きな魅力だ。表面上の屈折で自己を演出しようとするような小細工とは違って、そこにあるのは自分自身を客観視する冷めた視点なのだ。

もう愛や夢を茶化して笑うほど弱くはないし子供でもない
 彼は雑誌のインタビューで、自意識の目覚めは遅かったが自己顕示欲は強いというようなことを述べていてのだが、これはなかなか身も蓋もない発言だ。短歌におけるその自意識のコントロールの仕方こそ、彼の短歌の醍醐味かもしれない。

 なんでこんな絵本みたいな造本なんだ?と最初は思ったが、可愛らしくもやっぱり異形のキャラクターたちは、居場所を見つけられない自意識の象徴みたいにも見えてくるのだ。ぐにゃっとしてるしね。

(JAN/13/98)