Vol.4 1997



別冊宝島345「雑誌狂時代」 (宝島社)
 特定の雑誌を毎号買っている人なんて、案外少ない気がする。「ぴあ」とか「Tokyo Walker」みたいな雑誌を買っていて、気が向くとたまに他の雑誌も買ってみる…という人が一番多いんじゃないだろうか。とすると、雑誌の出版ってのは、意外と脆弱な基盤の上に成り立ってるのかもしれない。ちょっと悲観的すぎるか。

 メインを占めている各ジャンル別の雑誌の比較はやはり面白く、特に少女ティーン誌は普段うかがいしれない世界だけに興味深かった。オタク系雑誌の相関図もなかなか参考になりそう。「コミック・ボックス」と「ぱふ」については、思いっきり「敵対」とか書いてあるし。様々な雑誌の栄枯盛衰の歴史なども、こうしてみると立派な文化史のひとつなのだ。

 今は亡き雑誌を集めたページでは回顧モードに突入。インドネシアの歌手・エルフィ・スカエシの記事まで載っていた「03」はいい雑誌だった。いしかわじゅんが監修したマンガ特集の号は今でも保存している。「宝島30」は、読み始めたら1年もしないうちに休刊になってしまった。毎号双方の読者欄で行われる「噂の真相」とケンカも楽しみだったのに。「頓智」も読んでいたが、オヤジ臭さがややキツかった。みんな面白い雑誌だったのになぁ。

 それにしても、普段何気なく読んでる雑誌ってのは、本当に企画で苦労してるんだろう。情報の見せ方に工夫が必要なのはインターネットも同じはずで、そう考えると今度は自分が作るページの企画性のなさが気になってきてしまった。この「o u t d e x」も、まだまだ精進が必要ですなぁ。

(NOV/17/97)



爆笑問題「天下御免の向こう見ず」 (二見書房)
 僕はダウンタウンを面白いとは思えない。こう言うと、世間の大多数の人々には信じられないことらしいのだが、実際そうだから仕方ない。鼻に付く偉そうな態度、閉鎖的なギャグ、お山の大将気取りでやる他のタレントいじり、自分のギャグに自分で笑ってる姿…などなど。そんな彼らや、彼らを面白いと思っている人達を見ていると、僕らの世代の駄目な部分をそのまま見せ付けられている気分になってしまうのだ。

 爆笑問題には、そういう欠点が不思議なほど無い。恐らくは、自身を客観的に見る能力に長けているのだろう。あるいは、自己顕示欲を忘れるくらい、純粋に笑いを追究しているからかもしれない。ギャグにちりばめられた彼らの知性が、かえって世間一般での大ブレイクを阻んでいる気もするが、エセ・インテリの僕にはぴったりだ。

 「爆笑問題の日本原論」に続く活字モノ第2弾はエッセイ集。太田光が文章、田中裕二が紙粘土を担当している。正直、文章関係は太田ひとりで出しても売れると思うんだが、それでも爆笑問題として活動することにこだわってるんだろう。文章も相棒への愛情が滲んでるし。ビートたけしの自伝小説「漫才病棟」を読んだ時に感じた、たけしのビートきよしに対する愛情を連想させられた。

 肝心の中身の方は、「爆笑問題の日本原論」のような爆笑モノでもないし、意外と毒も少ないけれど、太田の屈折した機知が楽しめる。

 なかでも興味を引かれたのは、太田は高校時代に友人が1人もいなかったという事実。「やっぱり」と思わせられた。そうでもなきゃ、あのヒネたセンスは育たないよね。

 彼らにかかれば、サブカル理解者面した中沢新一の解説も、「爆笑問題のギャグ」として本の中に取り込まれてしまうのだ。

(NOV/17/97)



特集アスペクト10「あなたも神経症」 (アスペクト)
 自我の軋みを抱える現代人向けの本では、鶴見済の「人格改造マニュアル」という社会倫理さえ無視した傑作があるため、いささか分が悪いのは確かだ。しかし、神経症の症例やセルフチェックなどの定番ネタを押さえた上で、カウンセリングの内容や各種カウンセリングの紹介に大きくページが割かれており、巻末には診療所リストがあるなど、現実的な治療を目指してい点で、神経症に苦しむ読者に安心感を与えてくれるかもしれない。また、神経症と精神病の違いや、臨床心理学の系譜なども簡単に解説されていて、自分が今いる状態を客観的に捉えるのに役立ちそうでもある。もっとも、回避性人格障害の診断基準を示しているのは逆効果かもしれない。神経質な人ほど、自分を人格障害だと思い込みそうだ。

 本書で繰り返し強調されているのは、カウンセラーにしても医師にしても、人間対人間の問題であるのだから相性があるということ。考えてみれば当然のことだが、そんな基本的な問題を明示している辺り、極めて良心的な本だといえるかもしれない。

 それにしても、実際に神経症を患っている人はどのくらいいるのだろう? 症状が表面に出る人はさて置き、実生活はなんとかやり過ごしながらも苦しんでいる人は意外と多いのではないだろうか。そう考えると、神経症というのは誰しも多かれ少なかれ抱えているスタンダードな問題で、ひとりで抱え込むようなことではないのかもしれない。そうかと思うと、神経症気味である自分を、なにか特殊な付加価値でもあるかのように語る人もいる。そんな自己の歪んだ自意識のありようを省みない姿勢は、さらに症状を悪くすると思うんだけどな。

(NOV/17/97)