Vol.3 1997



岡田斗司夫「東大オタク学講座」 (講談社)
 オタクを通して擬似社会学みたいなものを唱える彼には、ある種の胡散臭さを感じていたのだが、やっぱこの人の話は面白いわ。こんな知識をつけて何の役に立つのかという疑問もあるが、そうは思っていてもさらにオタク道を突き進んでしまうという、自虐的な快感もあるから始末が悪い。

 ゲームをほとんどやらない僕には、ゲームクリエーターの分析は興味深かったが、前半の体系的なオタク文化論が、ゲーム・アニメ・マンガ・オカルトだけってのは物足りないかな。後半のゲストを迎えての講義も面白いことは面白いが、兵頭二十八やら小林よしのりみたいな、電波入っちゃってる人選はなんだかなぁ。Special Thanksには大月隆寛の名まで上げられていて、岡田斗司夫も右派の仲間入り?なんて不安もよぎったが、まぁそんな連中をオタク的なタチの悪さで利用して、オタクの社会的ステイタス確立のために邁進して欲しいもんです。

(OCT/17/97)



ナンシー関「何が何だか」 (世界文化社)
 彼女の文章の魅力は、なんといっても他人の自意識を見抜く鋭さだ。その冷徹さといったら、もはや「意地が悪い」と表現した方が適切かもしれない。テレビに登場する人物の作為を容赦なく暴き立てる、その視点の独自性、その分析力の凄さ。しかも彼女は、自身の自意識のコントロールも絶妙だ。自己顕示欲をちらつかせすらしない。まさに無敵の自我。

 この本ではさらに雑誌の寸評みたいなことまでしているのだが、これももはや上流階級のマダムや声優ファンに喧嘩を売ってるようなものだ。ここまで差し障りのある彼女の文章をかろうじて救っているのは、彼女の体型が極めて突っ込みやすいものであるという「弱点」に関係しているのかもしれない。いやマジで。

 なお、20代から30代の人が、文章の終わりに「とほほ。」とか書いている場合は、彼女からの影響です。余談。

(OCT/17/97)



「オルタカルチャー」 (メディアワークス)
 サブカルチャーという用語を使わない理由は、現在では対するべきメインカルチャーが無いためだというのだが、でもそれってオルタカルチャーと呼んでも同じことじゃないの? しかしそんな疑問を置いても、なかなか読み応えのある本だ。項目数は推定で約700、ページ数は実に400ページ近くに及ぶ。日頃僕とは縁が薄い、ゲームやゲイ&レズビアン・カルチャーに関する情報はかなり面白かった。

 ただし、全然オルタナティヴじゃないテレビ番組の紹介なんかは不要だろう。また、マンガや音楽に関する項目には不満も多く感じた。音楽に関していえば、テクノ関係の情報は充実しているものの、逆に言えばそれにとらわれ過ぎ。本当にオルタナティヴなものを求めようとするのなら、、ソウルフラワー・ユニオンやメトロトロン・レコードを取り上げなくてどうすんだよ。あと、ワールド・ミュージックを日本に紹介するべく孤軍奮闘しているオルター・ポップもだ。取り上げる基準が、結局洋物と同じ基準でかっこいいものだけだってのが不愉快なんだよなぁ。

 さらにマンガは壊滅的。ヤングレディース誌関係のものがほとんどで、あまりにも偏り過ぎだ。やまだないとも山本直樹もとり・みきも載せないってのは、どういう了見なんだ。日本が世界に誇るべきこのジャンルが、よりによってセレクションが滅茶苦茶ってのは情けなかった。

 あと、全体の半数ぐらいの項目に付記されているURLの中には、中身のない商業ページや、とりあえずその用語に触れただけのつまらないページも少なくない。とりあえず検索エンジンにかかったものを載せました、という印象が拭えないのが残念だ。

 もっともこの辺に目をつぶれば、サブカル好き(なんて恥ずかしい表現だ!)の人なら間違いなく楽しめる本だ。やはりこの情報量は敬意に値する。これだけ苦言を呈してしまったのも、なんだかんだ言ってもある種の嫉妬ゆえなのです。

(NOV/02/97)